tears (II)
雨の音が、聴こえる。
遥かな空の高みで生まれた滴が、永い落下の旅を経て、ここの土や岩に、窓硝子に、
壁に弾けて奏でる、一瞬の音。
その一瞬が幾重にも、幾重にも重なって、雨の午後を奏でる音楽を形造っている。
そんな雨の音楽を聴きながら、旅人は、ぼんやりと目醒めた。
最初に視界に映ったのは、見知らぬ家の石造りの天井の、模様。
(ここは……?)
確かに、降りしきる雨の海岸を歩いていたはずなのに、いつの間にか、ふんわりと暖
かい毛布に包まれて、眠っていた。
気が付くと、上半身は裸にされていて、仰向けに眠って敷布に挟まれた背から、真白
い自分の翼の淵がのぞいている。
それなのに、胸元には、大切な水色の三日月の『機械』が、忘れずにかけてあった。
(いったい、誰がここに……?)
まだ起きあがるだけの体力がなく、代わりに軽く寝返りをうって、横になって窓の側
を、ぼんやりとした瞳で見やる。
その、ベットの窓側の端に、離れて少し縮こまるように、旅人と同じ毛布に包まって。
綺麗な黒い髪の、娘が、すやすやと眠っていた。
そう言えば、疲労と空腹で朦朧としながら海岸線を歩いていたさなかに、呼びかける
声を聴いたのを、ぼんやりと憶えている。
何処か懐かしい澄んだ声で、あなたは、誰、と、心の奥に直接届いた、呼びかけ。
(この人が、私を呼んだのだろうか……?)
少し疲れた様子で眠る娘の横顔を、ぼんやりと見ながら、旅人はまた深い眠りの淵へ
と、落ちていった。
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