鳥は鳥に 〜Royal milk tea〜 / page9


 そんな冬至祭の夜に、変わらずに音もなく、白い雪は舞い降り続ける。  『海』も、この研究所も、遥かな鳥の領域も、みんな同じ色に染めていって。  くるくる、風に舞う花びらのように回転して降りてくる、ささやかな雪。  それは、やっぱり一番永い夜の贈り物みたいに、思えてくる。  春を迎えに行くためにひとりで飛び立った鳥へ、そしてこの大地の小さな研究所に寄 り添う人達へ、この夜が届けてくれた、ささやかな贈り物。  その雪のひとひらが、無地のマグカップの中に飛び込んで、まるで砂糖のように淡い 琥珀色の中に溶けてゆく。 「だから、また逢う日までに、鳥達のことをよく知っておかないと、ね。」  まだ少し照れくさそうな助教授さんが、締めくくるように言う。 「今夜、私が、助教授さんが猫舌だと知ったみたいに、ですか?」  そんな助教授さんを、猫舌の話を蒸し返して憮然とさせておいてから、私は少し飲ん でしまったミルクティを、そっと差し出した。 「はい、雪が冷ましてくれたから、もう助教授さんでも飲めますよ。」  両手で私が差し出した無地のマグカップを、うん、と軽く頷いて受け取る助教授さん。  少しおっかなそうに、口で軽く吹いてから、紅茶をそっと飲む。  紅茶も言葉も、こんな風に知っていなければ届かないことだって、あるのだ。 「美味しいけど、ちょっと甘い……。」 「ロイヤルミルクティは、甘いくらいでちょうどいいんですっ。」  勢いよく助教授さんの論評をはね返して、私は毛布から出てえいっと立ちあがる。  とたんに細やかな雪の花びらが、私の髪に、額にとふわふわと当って、微かに冷たい 感触を残してゆく。笑ったり落ち込んだりと、忙しく揺れ動いた私の心を鎮めるように。  私はくるっと振り向いて、まだ毛布に包まれている助教授さんを見下ろして、小声で 早口で、呟く。 「ありがとう、ございます。」 「え?」  ぜんまいを巻かれた人形みたいに弾けるように動きだした私についてこれずに、まだ マグカップを両手に抱えたままの助教授さんが、慌てて聞き返す。 「さ、冬至祭の観察も終わったし、居間に戻りましょ。みんな、待ってますよ!」  そのまま助教授さんを置いて、階段の扉まで、夜空を見上げながら小走りに駆ける。  花のように舞い降りる雪は、楽しさも、淋しさも、みんな静かな白に包み込んで、小 さな願いや祈りに変えてゆく。  きっと、この冬至の夜の雪の下で、鳥達は胸にそれぞれの祈りを抱いて翼を羽ばたか せ、人達は寄り添って祝って、それぞれのささやかな願いを言葉にしている。  扉まで辿り付いて、ようやく立ちあがった助教授さんを見ながら、あの真白い鳥の娘 の強く深い瞳を想い出しながら、私は私の祈りを、静かな夜へと込める。  いつの日か、みんな、ひとつになれるように、と。                                    Fin.

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