Moon Song / page11


「……おつきさま、って、なあに?」  ミチルに手を引かれるままに、ふたりで夜の街区を魚が泳ぐように軽く駆けながら、 私はぽつりと訊ねました。 「ずっと昔故郷の星の周りを、ちいさくて円い、明るい星が巡っていたんだって。」  さらりと黒髪を揺らして、私に振り返ってミチルはこたえました。 「一定の周期とリズムで、円が満ちたり、欠けたり、真夜中に輝いたり、明け方の空に 浮かんだりして、ずっと故郷の星に寄り添って輝いているのよ。」 「……それが、おつきさま、なんだ。」  まだ飲み込めない風情の私に、少しはにかんだ表情を浮かべてうなずくミチル。  おとうさんに教えてもらったのだけどね、とそっと付け加えて。 「夜には、生き物を導くように優しく強く、黄色い灯を燈して輝いていたんだって。昔 のうたにも、よくおつきさまって出てくるのよ。」 「……でも、昔の故郷の星でのはなしでしょう? 見に行くって……?」  けげんそうに首をかしげる私に、ちょっと悪戯っぽい微笑みだけを返して、ミチルは きゅっと私の手を引くのでした。  その時に彼女がうたっていたのが、私が思い出したうただったのです。   ROUND ROUND 長い時が   ROUND ROUND かかるかも知れない   だけど 見えなくても 満月の道は   あの頃のように ここにいつもあるのさ  舗道に映る街灯の明かりと影のあいだをすりぬけて、私たちふたりは街区の一番はず れまで駆けてきました。  やがて、ミチルがぱっと手を離して立ち止まった場所を見て、私は肝を冷やしました。 「ここって……まずくないの?」  目の前には、深緑色の葉と細いつるでできた生垣が広がっていました。  その向こうからは、微かな花の残り香が夜気に溶け込んで、ふんわりと漂ってきます。  ただ、混じり合って届くその甘い芳香は、どれも街区や郊外、この移民星の土地では かぐこともない、不思議なものばかりでした。 「ここだからこそ、おつきさまが見られるのよ。大丈夫、何度も入ってるから。」  私のつぶやきをそんな風に軽く返して、ミチルは悪戯っぽく微笑むのでした。




→Next

ノートブックに戻る