Moon Song / page12


 ミチルが侵入しようとしていた生垣の向こう、そこは植物学者さんの庭園でした。  この街区のはずれに住んでいる植物学者さんは、かつて故郷の星に生えていた草花や 樹木を、この庭園でひとり研究していたのです。  その研究のいくつかは実を結んで、実際にこの移民星の土に適応して、庭園には様々 な故郷の星の草花が根づいていました。  だから、季節によっては本来移民星の荒野では見ることのできない、色とりどりの珍 しい花が、庭園にぽん、ぽんとあざやかな彩りをそえて開いているのでした。  ただ、植物学者さんは優秀だが、がんこで偏屈だという街のうわさもありました。  とりわけ、珍しい故郷の星の花を摘み取ろうとする子供達は、つかまって散々ひどい 目にあった、といううわさも学舎では広まっていたのです。  だから、植物学者さんの庭園は、子供達にとっては魅力にあふれながらも、近づくこ とはできない場所だったのです。 「ほら、このつるの隙間から入れるから。わたしの秘密の入り口なんだ。」  その庭園をミチルは恐れる風でもなく、私を連れて堂々と侵入するのでした。  こわごわ見回すと、街明かりに照らされた庭園の草花はみんな眠りに就いていて、そ の小さな葉影を影絵のように黒々と地面に落としていました。  その眠る古い草花達の、いちばんはじっこに。  街灯のようにぽわりと、微かな黄色い輝きが燈っているのが、目に入りました。 「ほら、あそこ、わたしのおつきさま。」  ミチルは嬉しそうに瞳を細めて、私をその輝きの方へと引っ張ってゆきました。 「わぁ……。」  私は、ミチルのおつきさまを見て、思わずちいさく感嘆の声をあげました。  茎も葉もまるで刃物のように細い、淡い緑色の草花。  その草花がほんの数輪で寄り添って、細い身体をしっかりと夜天に伸ばして、真夜中 の空気の中にその花を咲かせていたのでした。  そのささやかな黄色い花びらから、淡い燐光を発して、街灯のように輝いて。 「この花、本物のおつきさまの周期にあわせて、花を咲かせるんだって。」  愛おしそうに、そっと輝く花びらに触れながら、ミチルが言いました。  おつきさまの周期に合わせて、この夜に花ひらいた、遠い故郷の星の草花。  それは、見えないおつきさまの光をうけて、淡く輝いているみたいに見えました。  私にはそれが、まるで、パルスを受け止めるアンテナのように、その花びらで天を指 しているように見えて。 「……本物のおつきさまはいないのに、今もずっと忘れないでいるんだね。」  ぽつりと、ミチルが少しさびしそう呟いた、その時でした。 「誰だ。そこで何をしている。」  低く、不機嫌そうな声が夜気をつんざいて、私達ふたりのもとに降ってきたのでした。  いけない、とミチルは慌てて私の手を掴んで、秘密の入り口へと駆け出しました。  半ば強引に生垣を抜けた後も、しばらくの間夢中で夜の舗道を駆け抜けて。  その時の、ふたりの靴音と、鼓動、そしてお互いの手の温かさを、私は今も憶えています。




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