Moon Song / page15


 最後の一言に、私が思わず腰を浮かせて声をかけた時には、植物学者さんは話は済ん だという風情で、背を向けたままもう庭園へとに歩み去ろうとしていました。  最後にひとことだけ、こう、私に言い残して。 「行くのなら、急いだ方がいい。今日の月の出は、夕暮れ後すぐのはずだ。」     *  海岸方面へのエアバスに揺られて、終点のステーションで降りて。  そこから、植物学者さんの地図を頼りに、私はひとり海沿いを歩き続けました。  乾いた茶色の砂にぽつりと落ちる私の影ぼうしは、もうすっかり長くなって。  彼方に広がる空は、夕刻の薄い橙から淡い菫色へ、やがてくる群青色へと、ゆっくり と移り変わってゆきます。  そんな誰もいない夕暮れの海岸を、ぽつりとひとりで歩いていても、不思議とさびし くはありませんでした。  さら、さら。 さら、さら。  一定の周期で絶え間なく届く、優しい波の調べ。  私のアンテナへと届く海の波の調べが、確かにミチルが待ってると伝えていたから。  小さな蒼い星間ラジオに届く電波、耳へと届く海の波。  海に寄せては返す波も、月読草の花も、おつきさまから波長を受け取っていて。  そんな様々なパルスが繋がって、ミチルから私へと届いているような、気がしました。  そのミチルからの通信に対して、私の心は、ずっと返信を送り続けていました。  ミチルに逢いたい、と、ただその一つの想いだけを、繰り返し。 「わたしの大切なおつきさまへ」なんて言葉をそえて、宝物だった星間ラジオを私に託 して姿を消してしまった、ミチル。  そんなミチルが、何処かへ行ってしまって、もう逢えなくなってしまう気がして。  学舎で彼女が残した群青色の紙片を見つけてから、そんな不安の種を、私はずっと心 の奥底に抱えていたのです。  私にとっては、綺麗で自由な心で私を引っ張ってくれるミチルこそが、私を優しく照 らしてくれる、おつきさまだったから。




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