Moon Song
深い蒼色のちいさな星間ラジオと、たった一行の書き置き。
それだけをわたしに残して、ミチルは姿を消したのでした。
まるで、厚い雲に隠れて見えなくなった、おつきさまのように。
ミチルは、この移民星の生まれではなくて、まだちいさい頃にここに引っ越してきま
した。
両親は、移民星の天候や降雨を調査し管理する気象官の仕事をしていました。
気象官は、どの移民星でも重要な役割を果たす技術官ですから、あちこちの移民星に
移動する機会も多いのです。
ミチルも、両親の転勤に伴って、この移民星にやってきたのです。
ミチルははじめてこの移民星に来たちいさい頃から、どこか不思議な輝きに包まれた
子でした。
さらさらしたストレートの、夜天のようにつややかな黒髪。
同じように深い黒の瞳には、何処か猫のような気まぐれさをたたえていました。
あまり他の子達とは交わらないのに、淋しそうでもなく、いつも明るく笑っていて。
行動もどこか気まぐれで、しょっちゅう学舎を抜け出しては街を散歩していたり。
そんなミチルが何より大好きなのは、うたをうたうことでした。
空を見上げながら、夜の街を散歩しながら、音楽の授業で鍵盤を奏でながら。
ミチルは、高く澄んだ誰よりも綺麗な声で、よくうたをうたっていたのです。
たいていは、それは、この移民星では聴いたことのない、遠い何処かのうたでした。
たとえば、こんな古いうたとか。
心はまわる お月さま
だから 見えなくなっても 心配しないでいい
時がめぐれば また輝きがかえるよ
幼い頃の私は、同じ街区に住んでいるのに、そんな輝きに包まれたミチルに、ずっと
話しかけることができないままでいました。
わたしは、彼女と違って、ひっこみじあんであまりめだたない子でしたから、何だか、
彼女に接するのに、妙に心の中で気後れしてしまって。
今思うとあるいは、彼女への密やかな憧れの、裏返しだったのかもしれません、けど。
そんな彼女と仲良くなったのは、初等科の頃ひとりで夜の散歩をしていた時のこと。
それからは、中等・高等学舎とずっと、いつも一緒に過ごしてきました。
性格は全く違うふたりなのに、いつの間にか、かけがえのない友達になって。
夜の散歩道で、どんないきさつがあって、彼女と仲良くなったのか。
随分昔のことだったから、彼女が消えたその時には、あまり憶えてはいませんでした。
でも、本当はそれが早く彼女への扉を開けるための、ひとつの鍵だったのです。
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