ミチルが消えたのは、さらさらと穏やかな風が居住区にも流れはじめた、五の月のあ
る日のことでした。
一時限目の教室で、ひとつだけぽつりと空いた彼女の席を見て、最初はまた何処かに
抜け出したんだ、と思っていました。
彼女がひとりで、あるいはか私を誘って、というよりはなかば強引に引っ張って学舎
を抜け出すのは、いつものことでしたから。
つまんないな、と少しため息をつきながら机から端末を取り出した、その時でした。
きんっと、胸のなかを電気が通り抜けるように響いた金属音とともに、何かがわたし
の机から転がり落ちたのです。
何だろうと、拾い上げてみると、それはごく小さな機械でした。
何処かで見たことあるな、と思いながら、授業を聞きながらその蒼い機械をしばらく
手のひらで転がして眺めて、ようやく私は思い出しました。
あれ、ミチルの星間ラジオじゃない、と。
私の宝物、と言って、いつだったかミチルが部屋で見せてくれた、蒼い星間ラジオ。
こんな小さいのに、遠くの移民星からの電波も届くんだよって、いとおしそうに笑って。
その銀色の細いアンテナには、ごく小さな群青色の紙片が結び付けてありました。
少し胸騒ぎをおぼえながら、教科書のかげでそっと紙片を開いてみると、たった一行、
こう書かれていたのです。
見間違えようのない、曲線の綺麗な彼女の筆跡で、西方の文字で。
For my precious moon
ミチルは何がしたくて、こんな書き置きを残して学舎を抜け出したのだろう。
私には意味の判らない、四つの単語を眺めながら、私はぼんやり考えました。
授業を聞き流しながら考えて、結局たどり着けた結論は、ひとつだけでした。
たぶん何か悪戯でも思い付いて、私に謎かけでもしてるんだろう、と。
それだったら、確かにミチルならやりそうなことでしたから。
だったら、と私は冷たい感触の小さな機械をそっと握り締めました。
面白い、あなたの謎に挑戦してやろうじゃない。
心のずっと奥で、私の直感が灯していた不安のシグナルを打ち消すように、そう心の
中で宣言して。
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