Moon Song / page5


「おう、授業を抜け出して調べものかい、感心、感心。」 「……先生だって、今は初等クラスのうたの授業だったんじゃないのですか?」  少し皮肉めいた、それでいて叱責する様子はさらさらない、穏やかな声。  そんな聴き慣れた声に、私はすこしほっと胸をなでおろしながら言い返しました。 「読みたい資料を見つけたから自習にした。教師は常に自らの学習を怠ってはいかんの だ、うむ。」  偉そうなことを言いながら、要は私と同じように学舎を抜け出してきた風情の、初老 の教師。  そんな彼は、私達の音楽の先生でした。  先生は、この学舎の中では少々変わり者でした。  例えば、しょっちゅう自分の興味を優先して授業を自習にしてばかりいたり、音楽の 授業なのに気がついたら、天体や古い故郷の星のこととか、雑談に終始して授業が終わ らせてしまったり。  そんな感じの先生でしたから、何処かしらミチルも気があうところがあったのかもし れません。  学舎の授業が嫌いで抜け出しの常習犯だったミチルも、この先生の授業だけは一度も 抜け出すことなしに、いつも楽しそうに受けていたのです。  特に、先生が歌唱の授業で気が向くと歌ってくれた、古い故郷の星のうたがミチルは 大好きで、授業で数度聴いただけで、もう次の休憩時間には完璧にうたいこなしてしま ったり。 「……先生、この西方語の単語、もしかして読めます?」  ふと思い立って、私は先生に群青色の紙片を見せて、尋ねました。  古いうたの詞や言葉に詳しい先生なら、あるいは知っているかもしれないと思って。  それに、ミチルは、古いうたの言葉を引用するのが好きだし、と思い出して。 「ふむ、『月』、だな。」  案の定、先生はほんの数瞬考えただけで、すぐに答えを教えてくれました。 「『月』って……暦の『一の月』『ニの月』って区切りのことですか?」 「その『月』もそうだが、もともとは故郷の星の周囲を巡っていた、小さな衛星の名前 だ。とても古いうたの詞には、たまに出てくる。」  少しぽかんとした私の質問に、先生は少し首を傾げてこう答えました。  最後に、悪戯っぽく私を見て、こう付け加えて。 「繋げると『私の大切な月へ』ってところか……。これって、もしかして恋文か?」 「……違いますっ!」  何故か少し頬が熱くなるのを感じて、私は先生から群青色の紙片を奪い取りました。  お礼も言わないままに、そのまま図書室を出ようと立ち上がって。 「あれ、ミチルは一緒じゃないのか? あいついつも、ちーちゃん、ちーちゃんって言 いながら、お前の後について行ってるのにな。」  図書室の扉を開きかけた私は、先生の問いに不思議な心持ちで振り返りました。 「……そんな風に、見えるんですか?」 「あれ、違うのか? 僕にはてっきりそう見えたけど。」  少し悪戯っぽい響きで届く先生の声を無視して、私は図書室を後にしたのでした。  そんなの全くの逆じゃない、ばかにして、と思いながら。    *




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