Moon Song / page8


 そんな風に、しばらく門柱にもたれて考えを巡らせていた私は、取りあえずミチルの 部屋に行ってみようと、降参して歩きだしたのでした。  とっておきの謎かけを解けなかった私の顔を見て、悪戯っぽくくすくす笑うのか、そ れともふてくされてそっぽを向くのかは判らなかったけど。  それでも、今は早くミチルに会いたい。  まだ胸のうちに残る微かな不安の灯火が、そんな風に私をかきたてたのです。  人通りの少ない舗道、せわしなく行きかう大人達、静かな住宅街の路地道。  本来なら学舎に居るはずの時間の街並みは、こうして歩いていると、いつもとは何処 か違った空気を纏っているように感じます。  まるで私達、水槽から抜け出した魚みたいね。  そんな風に、ミチルは笑いながらいつも言っていました。  たぶんミチルにとっては、日々を暮らしてゆく学舎での時間は水槽のようなもので。  たまに日常からかけ離れた、魚にとっては広がる海のような時間に触れないと、きっ と息苦しくなってしまうのだろうと、思います。  歩きながら、そうぼんやりと考えていたら、ふとこんな思いが頭をよぎりました。  子供の頃私やミチルが夜の街をふらりと散歩していたのも、もしかしたら同じことだ ったのかもしれない、と。  幼いながらも、無意識に海を求めて水槽を抜け出した、小さな魚達。  そんなふたりだからきっと、夜の散歩道で出会ってから、ずっと友達でいたのかも知 れない。  二匹で一緒に、自由な海を目指しながら泳ぎ続けて。  私は思わず、ミチルの星間ラジオを、そっと握り締めました。  今はまた、私ただ一匹になってしまったのだ、という心細い思いに包まれて。  ミチルが消えてから、何故だかこんな不安や心細さばかりが、胸を掠めてしまって。  今思うと、もしかしたらこの時すでに、私は握り締めた小さな機械のアンテナで、彼 女からのパルスを受け取っていたのかも、しれません。




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