Moon Song / page8


 ミチルの住まいは、私が暮らす街区のはずれの、小高い丘にありました。  すらりと高く背を伸ばしたアンテナや、円盤型の観測機器、小型艇のポートまで備え た気象官の大きな居住舎は、丘の下からでもよく目立って見えました。  そんな立派なミチルの家に、幼い頃はじめて遊びに行った時は、ずいぶんと気後れが したのを今でも憶えています。  もっとも、ひとりで過ごすには広すぎる味気のない建物だよと、ミチル自身はいつも 軽く笑いながら流していたのですが。  実際、ミチルのご両親は、気象官の仕事が忙しくていつもこの移民星を飛び回ってい ましたから、昼間は彼女以外の人がこの居住舎にいることは、ほとんどありませんでし た。  だから、居住舎のコールボタンに反応して、招くように扉が開いた時には、私は一瞬 ほっとしたのです。  やっぱりミチルは、謎の答えを持って、悪戯っぽく微笑んでここで待ってたんだ、と。  でも、そんな私の安堵は居住舎の扉が開いたその時に、早くも砕かれてしまいました。  扉の先で私を迎え入れてくれたのは、やっぱりミチルではなかったのです。 「あの、ミチルさんはいらっしゃいますか?」  そんな微かな不安をにじませた私の問いかけに、ミチルのお母さんは、そっとためい きをついて、こう応えました。 「……と訊ねるということは、貴方もミチルの行き先を知らない、ということね。」  話しを聞いたところ、お母さんがミチルの行方について知っていることも、そう多く はありませんでした。  ただ、今朝、学舎に出かけるときは、普段通りでかけていったこと。  でも、気がついたら、ただひとことだけ記された、群青色の紙片が残っていたこと。  ちょっと遠くにでかけて来る、ちゃんと帰ってくるから心配しないで、と。 「突然、こんなことになったから無理もないのだけど。」 「こんなことって? ミチルに、何かあったのですか?」  ぽつりともらしたミチルのお母さんの言葉に、微かな不安を抱いて私は聞き返しました。 「……そっか、あの子、貴方に何も話していないのね。」  そんな私の質問に、ちょっと驚いた顔をして。 「ちゃんと帰ってくる、と言ったからには、あの子のことだからきっと戻ってくる。」  私の質問には答えずに、お母さんは冷静な表情で、まっすぐに私を見つめました。 「でも、もしよかったら、貴方がミチルを見つけてくれると嬉しい。あの子、貴方のこ とが大好きだから、きっと喜ぶと思うから。」  ミチルからもう一つ伝言があったの、とそんな私を励ますように、付け加えて。 「おつきさまを見に行ってくる、って、貴方に伝えてって。」     *




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