Moon Song / page9


 ミチルが残した伝言を心に抱いて、私はぼんやりと街角を歩きました。  まるで「おつきさま」という言葉でつくられた、記憶の迷路の奥へとたどるように。  こつ、こつ、こつと、私の靴が舗道をたたく音だけが耳に入ってきます。  その靴元から伸びる影は、午後の傾きゆく陽射しを受けて、少しずつ長くなっていました。  まだ思いだせはしないけれど、この「おつきさま」という言葉が、確かにミチルと過 ごした記憶の片隅に燈っているのだけは、私にも判っていました。  その記憶を、無意識に歩くことで思い出そうと試みたのは、確実に、私のアンテナも ミチルの想いを受信し始めていたのだろうと、思います。  すこしずつ、すこしずつ、彼女の送る電波を小さなラジオを通じて、受けとめて。    はじめに思い出したのは、彼女がこんな風に街を散歩している時にうたっていた、お つきさまのうたでした。  それはたしか、こんな風な歌詞でした。   心はまわる お月さま   だから 見えなくなっても 心配しないでいい   時がめぐれば また輝きがかえるよ  心の水面へと、ぽつり、ぽつりと浮かび上がってくる、彼女のうたの言葉。  そのうたが、微かな灯となって、私を幼い日の記憶へと導いてゆきました。  夜の散歩のさなかで、はじめてミチルと逢った、幼い日の記憶へと。     *




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