光の人






 「……ここを見つけたのも、この建物から歌が聴こえてきたからなの。」
 色を燈すその手は止めないままで、ぽつりと呟く。


 「『うた』って、昨日のあのおじいちゃんの言葉のこと?
  私、てっきりおじいちゃんから聴いたのかと思ってた。」

 束ねた黒髪を揺らして、少し首をかしげて姉が聞き返す。


 「あの言葉、おじいちゃんが星座の話をする時に、よく語ってくれたの。
 あの不思議な言葉、『うた』っていうんだ…。」

 軽く言葉を口ずさんで、思い出した様に付け加える姉。

 「十二の星座の話とか、好きだったなぁ。太陽の通り道を巡る星座の話。」



 「……おじいさまは、本当に星座と、この『惑星館』が好きだったのね。」

 手がふと止まって、透き通るように白い横顔が、ドームの天球を見上げる。

 ぼろぼろに崩れた、『惑星館』の天井を。



 「でも、何故『星座館』じゃなくて『惑星館』なのかしらね。」
 再び硝子のプレートに、蒼い機械の彩りを描きながら、あの人は素朴な疑問を口にする。

 蒼い光、微かに碧がかった光が小さく燈る。
 ぽん、ぽんと、色素棒から発する音が、耳に響く。


 「たぶん、星を見ている私達が、みんな惑星だから、だと思います。」

 つい、思っていたことをぽつりと口に出してしまい、心の中で当惑する。

 ドームの中に、静かな空気の息遣いの音。


 「星が巡って見えるのは、私達のいるこの惑星も、光を受けながら
  丸い軌道を描いて空を巡っているからだと。」

 何処か恥ずかしい心持ちで、言ってしまってから、こう付け加える。


 「そう、祖父は言ってました。」



 「……それじゃ、私はずいぶん長い軌道の惑星ね。」
 少しだけ、寂しい色彩の混じった声で、こう応えたあの人。


  「そんなこと、おじいちゃん、私に一度も教えてくれなかった。」

 少し低い、真面目な響きの姉の声に、私はつい微かにうつむいてしまう。


 その姉の言葉に、くす、と微笑んで、優しい声に戻って。

 「きっと、十二星座の双子座って、あなた達みたいだったのでしょうね。」
 



 『惑星館』に、澄んだ高い声が不思議な言葉を紡いでゆく。

 時折、まねるように、応えるように、やや低い声が言葉を口ずさむ。


   おどれ おどれ 十二の部屋で
   おどれ おどれよ 手負いの山羊
   魔女の谷間 西から 東へ
   風の裾は 右から 左へ


 「ねえ、他にも星座の『うた』知らない?」
 そんな姉の一言から、ドームは一転して賑やかな音に包まれた。

 あの人はたくさんの歌を知っていた。
 長い長い軌道を巡る内に聴いてきた、たくさんの想いたち。


   この銀河の星くずのぜんぶ
   ひとりじめにしたいむすめ
   かごのふたは あふれそうなのに
   背伸びしては まだ足りない


 私は、声が紡ぐ言葉の響きを耳にしながら、ずっとあの人の描く絵に見入っていた。

 歌いながら、あの人は機械を描き上げ、少しずつ円球の頂点へと移ってゆく。
 藍色、群青色、深い闇の色の光が、言葉に合わせて、ぽん、ぽんと燈る。


 その光の信号と声の心地良さに、私はいつの間にか眠りに落ち込んでいた。








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