光の人






 がらんとした『惑星館』の本体。そこに、制御室の扉から明かりが入り込む。


 半円球の底面には、星座を映す機械も、人々がそれを見つめるためのシートも
 もはや存在せず、ただ、滑らかな床面だけが広がっている。

 頂点からは、幾つもの抜けた天井の破れ目から、闇を包み守るこのドームへと、
 街明かりのぼんやりした光が帯となって差し込んでくる。


 その光の帯に半ば洗われて。

 壁面にもたれて座って、一人の女の人が、立体図画を描いていた。

 祖父の、あの不思議な言葉を、破れかけたドームの中に響かせて。


   世界は今 夜の時代 森に火を放ち
   山を焼き 人々は街に灯をともす


 女の人は、ドームに入ってきた私達に気づかないまま、立体図画を描き続ける。
 手元で、ぽん、ぽんと、色を彩ける色素棒の光が弾ける。

 時折、長い金色の巻き毛が、光と腕の動きにつられて、さらりと揺れる。

 そうして、描きながら、祖父の言葉を澄んだ声で紡いでゆく。



 不意に、『惑星館』に響くその声がもう一つ加わった。

 驚いて振り向くと、姉が、女の人の声に合わせて、静かに言葉を唱和していた。


   光の人 ひかりの人 ここへきて
   光の人 光をさしのべて
   この暗闇の 出口の扉を 輝きで 照らして


 金色の髪の娘の、高く通る澄んだ声。

 姉の、普段話す時よりやや低い、優しい声。


 ふたりの声が、繊維を紡ぐ様に、水のような流れを持って言葉を唱える。

 亡びた星が輝く夜に、古びたこのドームの中で。


 私は、言葉が終わるまで何も言えずに、ただ言葉に耳を傾けていた。



 やがて、紡がれる言葉は終わりを迎え、再び半円球の中は静寂に包まれる。

 女の人は、その静寂の中に、ふぅ、と息継ぎを残して、そのまま図画に向かい続ける。 ぽん、ぽんと規則的に小さな明かりが色を描く。


 その『惑星館』の静寂を破って、まるい壁面に、姉の拍手の音が響き渡った。

 「すごいね、言葉って、こんなに響くものなんだ。」


 少し紅潮した声で、軽い足取りで近づきながら話し掛ける。

 「で、ここで何してるの?」








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