光の人






 弾んだ姉の声を聞いてはじめて私達に気づいたように、女の人はこちらを振り向いた。
 「あ……ごめんなさい、歌が聴こえてきたのでつい……。」

 巻き毛がかかる、真白い顔に、柔らかい光を宿した瞳。少し、恥ずかしそうな表情で。

 「絵を描いていたのです。この、古い建物の。」


 「『うた』?あ、きれい……。」

 耳慣れない単語に首をかしげつつ、手元の立体図画を覗き込んで思わず声をあげる姉。
 描きかけの小さな『惑星館』の曲面には、ごく淡い白い光が幾重にも彩けられ、
 柔らかな丸みを帯びて輝いている。
 そのごく薄い白色は、未だ描かれていない半円球の天井の方をその源として輝いている。
 その光を受けて、底面には幾つかの翠色の客席が描かれている。


 「鍵はかけておいたはずですけど、何処から入ったんですか?」
 真鍮のプレートを手にしつつ、ようやく私も会話に加わる。


 「……そこから、です。ごめんなさい、知らなかったから……。」

 透き通るような白くて細い指。それが、ドームの傍らをそっと指し示す。


 その示す先を見て、私は不意にそこはかとない不安に襲われた。
 ドームの土台ともなる壁面、その一部から、街明かりが差し込んでいる。
 
 街明かりと時間に砕かれて、そこの繊維の壁面は切り取られたように崩れていた。



 「もう、あまりもたないのかもね。」

 そっと、崩れた壁面に触れて、姉がぽつりと呟く。
 暫くの間、『惑星館』の客席に静かな沈黙が流れる。



 「あの、ご迷惑ついでに、お願いがあるのですが……。」
 沈黙を破って、あの人がすらりと立ち上がって話を続ける。

 「あと二晩、いえ一晩でよいのです。ここの絵を描かせていただけませんか?」

 息をするように、夜天の裂け目を見上げて。

 「この建物の音が、聴こえるうちに……。」


 何かを、請い願うように、天を見つめる褐色の瞳。
 天球の頂点から光を受けて、鉱石のように、多分、星のように、小さく輝く。
 
 その瞳の星達には、何処か、遠い、透き通るような悲しみが映って。


 ちらりと、弟を見る、姉の静かな表情。


 「いいですよ。……もし、その立体図画のコピーを頂けるなら。」
 私は、思わず目を伏せて、応える。


 「あと、描いてる間、そばにいてもいいならね。」
 にっこり笑って、すかさず条件を付け加えるしたたかな姉。


 あの人の双つの星は、優しく細く、瞬きを残して。

 「ありがとう。」








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