螺旋の樹の物語 Rail 1 Station 1

夜毎、神話が生まれ変わるところ



  そう言えば、あの日も彼女は似たような言葉を紡いでいた気がする。そう、あの骨董品店
で買い物をした帰り道の夜。


 色とりどりの灯に染め上げられた賑やかな通りに面した街並に、そこだけ全く異質な空間
の様にその店はあった。
 街灯の様々な光がショーウィンドーに集まって、万華鏡のように無数の輝きを還している。
その奥に置かれた様々な骨董品の中で彼女の足取りを止めさせたのは、その片隅に置かれた
小箱だった。


「どうしたの?」
  突然足を止めた彼女に驚いて、僕は尋ねた。彼女は応えることも無く、ショーウィンドー
の小箱に見入っていた。

  この街並の華やかさとはかけ離れた、地味な木製の小箱。控えめな木彫りの意匠が施された
表面。背後に錆びた鉄製のぜんまいがついている。その脇の値札には、その控えめな外見にそ
ぐわぬ額の値札がついている。確かに、木製であるというだけで貴重品ではあるのだが。

「ちょっと待っててね。」
  彼女は僕の制止も聞かず店の中に入っていき、数分後はずむ足取りでその小箱を持って出て
きた。何故か寂しそうな笑顔を浮かべて。



  帰り道の夜は、珍しく幽かにではあるが月が出ていたのを憶えている。何ヶ月ぶりかに見た
その光は、人工の華やかな灯にかき消されてここまではその輝きは届いてこない。

  別れ際に、不意に彼女は小箱を取り出し、背のぜんまいを巻いた。それはキリキリと重々し
い音を立てて廻り、遥かな昔のからくりに再び生命を与えんとする。


「ほら。」

  彼女は僕に小箱を向けて開いた。そこには木製の、見慣れぬ道具を持った娘の人形が立って
いた。優しい表情をした、ずっとずっと昔の植物から作られた娘。彼女に似ている、何故かそ
んな気がした。


「聴こえる?」

  彼女は瞳を閉じて、小箱に耳を傾けて僕にこう尋ねた。ぜんまいの試みは失敗したのだろう
か、何の変化も起こりはしない。

「この小箱、憶えておいてね。」
  そして彼女は、あの奇妙なアクセントの言葉を紡ぎながら、僕に手を振って家路に就いた。


    やがては  ちいさな者にさえ  やすらぐ場所へと  照らすように


  そして、それが僕が最後に見た彼女の姿だった。



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