螺旋の樹の物語 Rail 1 Station 1

夜毎、神話が生まれ変わるところ



  そんな僕の物思いを破ったのは、微かな振動と音、そして車窓からの微かな光の変化だ
った。


  電車は砂の丘陵を下り終え、広く平坦な草地へと出ていた。交わることのない二本のレー
ルはゆっくりと左に曲線を描き、その行方が車窓から僕の視界へと入ってくる。


  そして、あの日と同じように、月が出ていた。


  弱々しい天からの光をかき消す街の華やかな灯も今は無い。月は住むものも無いこの平坦
な草地を薄いヴェールで包むようにあまねく照らしている。電車の通過に道を空けるように、
さらさらと静かな音を立てて、月の光を受けた細い草達が揺れる。その揺れに合わせて細か
な光が視界に揺れ、先程とは違う光の舞いを演じていた。

 もしかしたら、標本に眠る蝶達もこんな風に古代の空を舞ったのかもしれないと、ぼんや
りと僕は思った。


  そして、弱々しい光の蝶達よりもはるかに強い輝きを還す、双子の曲線。闇のキャンバス
に緩やかな光のカーブを描き、蝶が出すといわれている燐粉の様にちりばめられた草々から
の光の反射を従えて、最終電車を彼方の地へと導いていく。


(この終着点に、彼女がいる。)


  僕が突然の光景に魅入られながらこの感慨を抱いた時、不思議なことが起こった。

  彼女のあの奇妙な言葉が、アクセントもその単語も一字一句そのままに、はっきりと僕の
脳裏に思い出されたのだ。あたかも、廻されたぜんまいが僕の中のからくりを蘇らせたかの
様に。あるいは、道標の星が、ぽぅっと夜空に浮かんだかの様に。

  その衝動に逆らわずに、僕は小声で彼女の言葉を紡いだ。近くの乗客が奇妙な目で僕を見
るのもかまわずに。


  最終電車は、神話が辿り着くところへと僕を導きながら、二本のレールを微かな草の音と
ともに走ってゆく。



    もしかしたなら  この森の彼方には
    夢見た国が  あるのだろうか

    さすらう心  解き放つかがり火に
    その国の地図  見えるだろうか

    幻はいつも  謎めいた  異国の言葉で  ささやくよ

    帰らない  大地開く  鍵を見つけた  その時に
    眠らない  枯れた瞳  きっと何か  うつすだろう

    いくつもの川  いくつもの谷間から
    故郷をうたう  声が響く
    闇にとけだし  散り行くその声は
    しるべの星を  つくるだろう

    やがては  ちいさな者にさえ  やすらぐ場所へと  照らすように

    帰らない  大地開く  鍵が導く  その先は
    夜毎に  生まれかわる  神話が  たどりつくところ



挿入詞:『夜毎、神話がたどりつくところ』/zabadak より
作詞:小峰公子 作曲:吉良知彦


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