螺旋の樹の物語 Rail 2 Station 1

シリアス・ムーン


  シリアス・ムーン

                                              
  夕刻まで降り続いていた雨はようやく上がり、今は湿気を含みつつも涼しさを感じさせる
風が夜の街をさらさらと流れてゆく。街の市場は、久しぶりに戸外へと開放された人々の活
気で満ちていた。

  そして今、森の娘が捜している娘の弟子も、旅先の街でそんな雨から解き放たれて飛び出
していった人々の一人であった。


(何処にいったのかしら。)
  森の娘は両側に立ち並ぶ店先に弟子である小人の娘の姿を捜しつつ、賑わう市場の通りを
歩いていた。歩を進めるにつれ、珍しい品物が並ぶそれぞれの店毎に灯る様々な色彩の明り
と光の装飾が娘の視界を流れてゆく。

  時折夜の涼しい風が通りを軽やかに駆けてゆき、市場を行き来する人々の熱気を優しく攪
拌する。だが弟子を心配する娘には、そんな雨上がりの夏の夜の市場を楽しむ余裕はなかっ
た。


  ため息混じりで弟子を捜し歩く内に、やがて市場の通りは終わりに近づき店の数もまばら
になり、その先は日常へと迎え入れる柔らかい明りの点々と灯る夜の家々へと戻っていった。

(どこかで見落としたのかしら?それとも、市場でなくて酒場の方だったかな……。)
  深いため息を一つつき、森の娘は再び通りを賑やかな方へ引き返そうとしたその時、奥まっ
た小さな店先に屈みこむ弟子の姿が目に入った。


  僅かな明りしか灯されておらず、店番の老人が一人ただ黙したまま座っているその店には、
市場の華やかさとはかけ離れたどこか異質な雰囲気があった。
 店先には何やらがらくためいた物が並べられており、娘の弟子ただ一人が客としてそのがら
くたの一つに見入っていた。森の娘は、そっと後ろから、そのがらくためいた物が一体何なの
かと近づいて目をこらした。

(機械……?)

  小指の先よりも細かい奇妙な形の金属が組み合わされて作られた「機械」。娘達にとっては、
殆ど目にすることはなくほとんどがその使い道も分からない、遥かな過去に作られた物。それ
はこの市場の外れの店で、微かな明りを受けて冷たい金属の輝きを湛えてただずんでいた。


  老人が、近づく詩人へとその数多くの皺が彫られた顔を少し上げた。その動きに、それまで
手にした物に見入っていた小人の娘は軽く背後に目をやった。

「あ、師匠、これ買ってくださいっ!」
  近づく森の娘の姿を認めた小人の娘は、小さな金属の箱を手にしたまま輝く瞳を向けた。娘
はは呆れ顔で、何を言ってやろうかと思いつつ弟子が持つ金属の小箱を見つめた。この老人の
店に似た、地味な金属製の小箱。表面には控え目な意匠が施され背面に木製のぜんまいがつい
ている。

「オルゴオル……。」

  驚きを含んだ森の娘の静かな呟き。その呟きは夏の夜の空気に微かな懐かしみと悲しみを浮
かべて漂ってゆく。

「ほら、師匠に似てるんですよっ。」
  そんな師匠の呟きには気付いていない小人の娘はそっと箱を開けた。特別な変化は起きず、
ただ箱の中に小さな人形が見慣れぬ道具を構えてじっと立っているだけだった。

 その人形は優しい表情をしており金属製でありながらどこか、まるで手をかけた木彫りの人
形の様な暖かみを湛えていた。そして、確かにどこか森の娘に似た所があった。

「ねっ、ねっ、いいでしょう?、師匠!」
  勝手に飛び出したことも忘れて瞳を輝かせてねだる弟子に、思わずクスッと笑って、娘は言
った。

「いいですよ。ただし、この後帰り道ではたっぷり小言が待ってますからね。」





→Next

ノートブックに戻る