シリアス・ムーン
道は丘陵に差し掛かり緩やかな登りになっていき、長い家路へとつく師弟に心地好い疲労 とほのかなほてりを残してゆく。そして、後にした街のざわめきを微かに耳に届ける涼しい 夜風が、そのほてりをゆっくりと冷ましてゆく。 時折後を振り返ると、丘陵の麓に息づく街の人々の灯が点々と残っているのが見える。そ れは振り返る度にそのざわめきと同じ様に小さく、また少なくなっていった。 森の娘は先程の市場での言葉とは裏腹に、一言も弟子に小言を言う事なく静かに歩を進め ていく。時折夜空に顔を向け、あたかも心地好い夜の旅を味わうかの様に。 いつもと違って全くおとがめが無いのをいぶかしがりながらも、小人の娘もまた師匠との 旅路を静かに楽しんでいた。 空には丸く鮮明な月が二人を照らしていた。あたかも、二人に道標を与えるかの様に。 ふいに、その月の光を受けて何かが地面で光った気がして小人の娘は足元に目をやった。 見ると、すぐ近くの背の高い草むらの毛布に隠れて、長い金属の棒が引いてあった。すぐ またその傍らにもう一本。いつの間にか表れた二本の金属は等しい間隔を保って、娘達の道 に寄り添う様に切れることなく先に続いている。 「師匠、これ、なんですか?」 不思議そうに小人の娘が師匠に尋ねる。が、森の娘は答えない。 「ねえ、師匠ってば!」 物思いに沈んでいたのか、小人の娘が揺さぶってはじめて娘は弟子の質問に気付いた。 「あ、ごめんなさい。これはね、遥か昔の人達がつくった「機械」の道なの。ずっと昔、こ の道の上を、「機械」の乗り物が沢山の人を乗せて走っていたのよ。」 尋ね、答えている間にも二人は歩を進める。その二人のお供をするかの様に道に添って伸 びる二本のレール。長い年月を経て錆付いたそれは、あるいは黄緑の草の毛布に包まれて眠 りについている様にも見える。 「なんで二本あるんですか?」 森の娘を見上げる、素直な興味を宿した小人の娘の黒い瞳。 「わからないけど、それが自然な形だったのでしょうね。」 「なんだか、かわいそうですよね。」 すずしい夜風が草を揺らす微かな音。街のざわめきは、今はもう遥かな彼方の闇に溶けて いた。 |