螺旋の樹の物語 Rail 2 Station 1

シリアス・ムーン


                                              
  月はもう中天に達していた。丘の登り道は緩やかになり始め、もう頂きのそばまで登って
きたことを物語っていた。

 やがて、道は小さな広場に出た。丘を通っていった数多の旅人達がここを使ったのか、背
の高かった草々が取り払われ天幕が張りやすいよう土が露出している。娘達も過去の旅人達
にならい、ここで夜を明かす事にした。



  二本のレールは、相変わらず娘達に付いてきていた。それまでずっと覆っていた草々の毛
布をはぎとられたレール達は、中天に浮かぶ月の光を受けて、その錆びた金属の体を鈍く光
らせていた。

 細かな砂利を下にひき、ずっとずっと等しい間隔を守って平行に並んで。


  小人の娘は広場についてからずっと、傍らにかがみこんでレールを見つめていた。自分の
生まれるより遥かな遥かな昔からここにいた、金属の道達。無数の旅人を導くために別れて
大地に根付き、幾千の昼と夜を経て使う者たちも今は去り、自らの錆びた身体を横たえる今
となってもそれは全く等しい間隔を守って見知らぬ土地へと続いていく。

  ただの一度も交わる事もなく。二本を繋ぐ物は、ただ時折ひかれた古い樹の板のみ。

  それが、「自然」の姿。



「どうしたの。」
  弟子の様子に気付いた森の娘が、傍にかがんでそっと肩に手を置いて声を掛ける。

「この二人は、会う事はずっとできないの?」
  呟く様な微かな声で尋ねる小人の娘。訴える様に師匠を見る純粋な二つの瞳。


「大丈夫よ。」
  森の娘は立ち上がってそっとレールの間へと歩いていく。間にひかれた砂利が踏まれて微
かな音。

「ほら、ちゃんと月が見守っていてくれるから。」
  森の娘は弟子の方に振り向いて言った。

  月明かりに輝き彼方へと伸びてゆく二本の光の線。その中間に金色の巻き毛に月の光の滴
を幾つも纏わせて立ち、安心させるように笑って弟子を見る森の娘。

  いつもと変わらない、優しい顔で。


  ふいに、小人の娘の胸の内に不安が芽生えた。
  何故だかは、わからない。ただ、月の光の中に師匠が溶けこんで消えてしまうような、言
い様のない不安。

「ししょ……」
  慌てて叫んで立ち上がる小人の娘。あたかもその叫びを遮るかの様に、森の娘は優しく言
葉を夜空へと紡ぎ出した。



    とどいた  ことばたち
    ととかぬ  おもい
    夜がおりてくると
    まわりだすの

    ほら  いつも私を  みている
    まつげに  浮かんだ
    ふたつの  シリアス・ムーン

    明日が  みえてくる
    昨日も  近い
    まどろみに  ゆれてた
    蒼い夢  シリアス・ムーン


  届いた言葉と、届かぬ想い。そして届かぬ言葉と、届いた想い。

  二つのレール、あるいは二つの螺旋を流れて紡がれる言葉と想いの奔流。



  森の娘が小箱とともに姿を消したのは、その翌朝の事だった。



挿入詞:『シリアス・ムーン』/zabadak より
作詞:小峰公子 作曲:上野洋子


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