螺旋の樹の物語 Rail 1 Station 2

Around The Secret


  Around The Secret

                                              
  減速する電車の微かな振動が、いつの間にか浅い眠りの内に沈んでいた僕を引き戻した。

  夢を見ていた、様な気がする。まだ日も明けやらぬ朝にふとまどろみから目覚める直前に
見ていた様な、全てがぼんやりして内容を留めずそれでいて何処か懐かしみのある夢。近頃
研究続きで疲れている割に、あるいはそのせいか眠りが浅く、よくこんな夢を見る。


  電車が終着駅のプラットホームに完全に停まり、それまで静寂に包まれていた車内に降り
ていく乗客の微かなざわめきが蘇る。そのざわめきに急かされる様にまだ夢見心地の僕はホ
ームへと降り、僕を運んだ最終電車を後にして街に出ていった。


  彼女が消え、その後僕が捨てたあの街へと。



  真夜中を過ぎても街は眠ることはなく、通りは夜に行動する人々の喧騒で満ちている。両側
に立ち並ぶ店のショーウィンドーや看板が、通りの光と色彩の洪水の中で少しでも自らをを目
立たせようとその身を様々な光をちりばめて飾りたてる。そうしてあたかも天に広がる闇に歯
向かおうとするかの様に、街の全体が人の作った輝きの結集体となる。

  そんな通りの輝きに包まれて、僕は夜の街を歩いていた。別に駅で車を拾ってもよかったの
だが、何となく、静かなエアタクシーに運ばれるよりは自分の足で賑やかな通りを歩いて抜け
ていきたいという気がした。


  彼女からのプレートに示された、大学のモリザワ教授の研究室はこの賑わいを抜けた街の外
れにある。さほど大きくはないのだが、それでも古代自然科学の世界では割と名をはせた大学
である。

 その理由の一つに、この大学の研究室に保存されている「樹」がある。遥かな昔には密生して
「森」と呼ばれる生体圏を形成していたと言われる「樹」も、現在ではわずか数本が研究者の保
護の下に残存するのみ。その中でも、専用の厚いガラスで作られた保存室で生き続けるこの大学
の「樹」は最大のものだった。


  そして、その大学で古代生物学者の僕と古代植物学者、いや「森林学者」の彼女はともに研究
をしていたのだ。

  あの夜、彼女が消え、その数ヶ月後に僕が助手としての求人を受けて現在の大学へと移るまで
は。




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