螺旋の樹の物語 Rail 1 Station 2

Around The Secret


                                              
  水流の様に僕の後ろに流れてゆく繁華街の色彩の粒子達。その流れの中を、僕はぼんやりと
想いに耽りながら泳いでいく。

  ここまで考えを進めて、ふと先程ホームに降りた時の感慨をいささか苦い笑いをもって思い
出した。

  別に僕はこの街を「捨てた」訳ではない。ただ単に、別の大学で良い職がありその招きに応
じて別の町に移っただけのことに過ぎないのだから。

  でも、だとしたら、先程の感慨は何だったのだろう。

  今の大学に移ってからは彼女を思い出すことはほとんどなくなっていた。今考えるに、もし
かしたら、何処かで自分の意識の奥に鍵をかけておいたところがあったのかもしれない。


  何故かまた、あの電車のレールの事を思い出した。ずっと平行で交わることなく二本のレー
ルは同じ行き先へと進んでゆく。でも、もし片方のレールが不意に行き先を変えたり消えたり
したら、もう一方のレールはどうなるのだろう。



  途中、近かったので僕は彼女が木製の小箱を買った骨董品店に立ち寄って見ることにした。
華やかな街並の一角に、ただ一軒眠る様に静かに店は相変わらずそこに在った。自身を飾る照
明は一切無く、それでいて周囲からの無数の光をそのショーウィンドーに受けてある種の異質
な輝きを還している。

  今この瞬間に、小箱を抱えて跳ねるように彼女が店の扉を開けて出てくるのでは、という気
がしてならなかった。今も記憶に残る、不思議で何処か寂しそうな笑顔を浮かべて。


  だが、店の扉には『Closed』と書かれたプレートが掛けられ、店はあたかもその役目
を終えたかのように、今はただ眠りに就いたままだった。



  街の中心を抜けると、少しずつ通りに踊る光の粒子はその勢いを弱め、やがて天から降り積
もる闇の中へと包まれてゆく。繁華街を歩いている間は地上の輝きのために全く気付かなかっ
たのだが、この夜に降る闇はいつもより微かに薄い。

 その闇の源である夜空を見上げて、僕はすぐにその理由に気づいた。其処には、電車の中か
ら見えた丸い月が相変わらず鮮明に浮かんでいた。

 今まで華やかな街の中心を歩いていたのに、何ヶ月ぶりかで見る月の光は、何故か僕にはま
ぶしく感じられる。


  しばらく住宅街を抜けて大学の方へと歩いていくと、途中に小さな公園があるのを思い出し
た。少し歩きつかれた僕は、そこでしばらく休んでいくことにした。




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