螺旋の樹の物語 Rail 1 Station 2

Around The Secret


                                              
  その公園は、僕の昔の記憶の中のそれと全く変わっていなかった。小さい上に、公園を彩る
華やかな灯も愉快に動きまわる子供向けの機械も遊び道具もないために、人気がなく大抵人は
いなかった。だけど彼女は何故かここが好きで、よく僕も付き合わされてここに来たものだ。


  敷地を円形に囲む、白い石だけを用いて切り出された十二個のオブジェ。おそらくほとんど
の人にとって、それが何を差しているかさえわからないであろう物もある。

 例えば二人の子供の像の左にたたずむ、二本の鋏めいたものを掲げる生物の像。これはずっ
と昔、海と陸が交わる辺りに生息したという「蟹」という生物。同じく、水を湛えた壺の像の
両側にあるのは、それぞれ「山羊」と「魚」という生物の像。

  古代の生物に詳しい僕には、像の幾つかが過去の生命達を現したものであることは分かった
が、この十二の像がどの様な意味を為すのかまでは見当もつかなかった。前に彼女に連れられ
てここに来た時に中央の椅子に二人で座りながらそのことを言ったら、彼女はこう訊ねてきた。


「『星座』って知ってる?」

「『せいざ』?」
  怪訝に思って僕は訊ねかえす。彼女はひょいと椅子から立って、その手をかざしてまぶしそう
に空を見上げながら続けた。

「昔はね、夜になると太陽とは別の恒星達が夜空に小さな光になって輝いて見えたんですって。
その輝く星達が集まって繋がって一つの形を表す様に見えたのを『星座』っていうの。特にこの
十二の星座は有名で、一年かけて夜空をめぐっている様にみえたんですって。」

「なるほどね。」
  僕はその光景を想像しようといささか無駄な努力しながら言った。それにしても、何故彼女は
これほど過去の事に詳しいのだろう。


  そんな僕の疑問を尻目に、悪戯っぽく微笑みながら彼女は言う。
「きっと、私達に見てもらえなくなっちゃったから、夜空からこの公園に降りてきたのでしょう
ね。」


    ほんとうのことは  もう話せない
    ほんとうのことは  森の奥
    森の奥の  樵の小屋で
    教えるよ  おまえだけに


  不意に、僕の脳裏にこんな言葉の糸が蘇ってきた。先程の電車の時全く同じ具合に。


  そう、確かに彼女はここでも奇妙な言葉を紡いでいた。風の様に軽くステップを踏み、悪戯っ
ぽく無邪気に微笑みながら。

  僕は彼女の言葉とアクセントを辿るように必死に思い出し、自分で紡ごうとした。奇妙な言葉
の羅列、ステップに合わせたアクセントを。


    まわれまわれ  星たちのように
    まわれまわれよ  時計回り
    月は鏡  face to face, face to face
    背中合わせ  face to face, face to face


  その先はどうだったか、僕が思い出すよりも早く、澄んだ女性の声がその後を続けた。


    おどれおどれ  十二の部屋で
    おどれおどれよ  手負いの山羊
    魔女の谷間  西から  東へ
    風の裾は  右から  左へ


  僕は驚いて、立ち上がって声の主を探した。

「あ、ごめんなさい。知っている歌を歌っていらしたもので、つい……。」

  期待に反して、声の主は彼女ではなかった。それは金色の長い巻き毛に今夜空に在る月より
も白い肌を持つ娘だった。細い手には小さな金属製の箱を大切そうに持っている。

「『うた』?」
  驚きと失望感から立ち直った僕は、つい聞きなれない単語を耳にしてその娘に問い返した。


「……そうでしたね、ごめんなさい……。」
  娘は何故か済まなそうに言うと、疲れた様に公園の椅子に腰を降ろした。





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