螺旋の樹の物語 Rail 1 Station 2

Around The Secret


                                               
  少し夜風が出てきた様だった。大気が制御された街の中心地では外からの風は僅かたりとも
吹き込んではこないのだが、街はずれに差し掛かったこの辺りまでくるとその制御もさすがに
弱まってくる。よく研究室への行き帰りに、吹き付けてくる強い風に悩まされた記憶もある。


  その風に少し懐かしさを感じながら、僕は再び椅子に腰を降ろした。彼女の言葉の続きを紡
いだ娘の傍らに。月の淡い光に照らされたその娘は、その月よりも青白くまた弱々しく見えた。
背もたれにそのか細い身を預ける様に寄り掛かって。

「大丈夫ですか。」
「ええ、ごめんなさい。ちょっと疲れているだけですから。」

  僕は公園に現れたこの娘への好奇心を抑えきれず、つい尋ねた。
「失礼ですが、聞いてもよければ……、そのお体でこんな真夜中に何をなさっていたのですか。」


  唐突な僕の質問に少し驚きながらも、暫くの間を置いて、娘は答えた。
「歌を集めていたのです。人や草々、生き物達、この世界に息づく歌達を。」

  少しうなだれて、手にした金属の小箱を強く握って続ける。
「もっとも、ほとんど残ってはいなかったのですけどね。」



  流れる夜風が、娘の金の巻き毛を揺らす。街の喧騒から離れたこの公園に乾いた音を残して。

  僕はさらに娘に尋ねた。考えてみれば見ず知らずの娘に対してぶしつけな話だが、この時の
僕は彼女の手掛かりが欲しくて必死だった。

「『うた』って何なのですか。僕がさっき口に出していた言葉の連なり、あれが『うた』なの
ですか。」


  しばらくの沈黙の後に、娘は逆に問い掛けてきた。その口調は、不思議と今までよりしっか
りとしたものに聞こえた。

「たとえば、見知らぬ場所で何故か懐かしい気分になったり、何かを見たり聴いたりした時に
言葉にできない不思議な気持ちを感じることって、ありますか?」


 僕は娘の問いを、頭の中で転がしつつ考えてみた。先程電車の中で見ていた夢、今ここに吹
いている風などが僕の脳裏にぼんやりと浮かび上がる。

「ええ。」

「よかった。」
 娘は何処かほっとしたような優しい声でそう言うと、講義を続けた。そう、娘の今の声には、
何処か講義というのがふさわしいような響きがあった。確かで、芯を通すような。

「そういったもの達を、繋いで流れていくのが、歌なのです。」


 そこで少し間をとって、十二の『星座』の像に一つにそっと触れて、続けた。

「そうして、二つの記憶と想いの間を、歌はずっとずっと繋いで、音楽にのって流れていくの
です。だから、ずっと繋がっているのですよ。この星座達も、今の私達も。」


  『おんがく』という聞いた事のない単語、そして、何処かで聴いたことのあるような娘の講
義に、僕は困惑した。ただわかったのは、彼女はあの不思議な言葉で、よく『歌って』いたの
だということ。

 それは、二つの記憶と想いを繋ぐ言葉で、何かを伝えていたということか。


「よくわからない。」
 結局、お手上げといった気分で僕はつぶやいた。

「大丈夫、そのうちきっとわかりますよ。」
 くすりと笑って、出来の悪い生徒を慰めるように娘は返してくれた。





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