螺旋の樹の物語 Rail 1 Station 2

Around The Secret


                                              
「さっきの歌は、どこでお知りになったのですか。」

  今度は娘が逆に僕に尋ねた。困惑していた僕は、ありのままを娘に答えてしまった。

「知り合いの女性が『歌って』くれたんです。数年前にこの街で不意に姿を消してしまったの
ですが。」


  何故か、娘は一瞬驚いた様な表情を浮かべ、そして納得した様に言った。
「そう……だったんですか。」

「彼女を知ってるんですか?」
  娘のその奇妙な様子に、僕は詰め寄るように尋ねた。娘は静かにただ首を横に振った。

「その歌だけは知っているのですけど。」

「……歌って、頂けませんか。」


    まわれまわれ  星たちのように
    まわれまわれよ  時計回り
    月は鏡  face to face, face to face
    背中合わせ  face to face, face to face


  鮮明な月が光を投げかける公園で、娘は軽やかにステップを踏みながら歌を歌う。先程まで
の弱々しさを全く感じさせない、明るく今宵の闇と同じくらい澄んだ声を響かせて。


    おどれおどれ  十二の部屋で
    おどれおどれよ  手負いの山羊
    魔女の谷間  西から  東へ
    風の裾は  右から  左へ


  月の輝きを受けてちらちらと金色に光る巻き毛を、夜風と娘のステップがさらりと揺らす。
それとともに、この辺りでは見慣れぬ娘の長い衣が弧を描く様に柔らかくたなびく。

  娘を囲む十二の白い像達も、天球の同胞の光を受けて滑らかな銀色に輝く。目の錯覚だろう
か、娘の軽やかなステップに合わせて廻っている様に見える。銀色に輝く、地上に降りてきた
星座達の饗宴。


  僕は娘の歌と踊りを、声もなくただ見つめていた。

  彼女が僕に歌っていた歌。僕と彼女、時を越えて二つの記憶の間に伝えようとしていた想い。

  でも、今の僕には彼女の歌は微かにしか聞こえてこない。もう片方のレールの行方は未だわ
からないまま。


  不意に、僕は数年間閉じこめていた自分の想いが、鍵を開けて今はっきりと還ってくるのを
感じた。


  彼女に、もう一度会いたい。

  その想いが還ってくるとともに、目の前の娘の歌と踊りが、あの時の彼女に重なってくる。


    ほんとうのことは  もう話せない
    ほんとうのことは  森の奥
    森の奥の  樵の小屋で
    教えるよ  おまえだけに


  歌う娘の手に握られた小箱に、あるものをはっきりと見たのはこの時だった。それは、彼女の
木製の小箱についていたのと同じ、小さなゼンマイ。


  その瞬間、僕は娘を呼んだ。彼女の名前で。


  だが、彼女は寂しげに首を横に振ると、そのまま夜の闇に溶け込む様に去っていった。

  公園には、もう微かな夜風しか残っていなかった。


 ほんとうのことは未だわからず、僕は肩を落として、森の奥の樵の小屋ならぬ大学の研究室へ
と再び歩き出した。


 相変わらず、稀有な丸い鏡のような月がその道照らし続けていた。



挿入詞:『Around The Secret』/zabadak より
作詞:覚和歌子 作曲:上野洋子


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