螺旋の樹の物語 Rail 2 Station 2

時の駅


  時の駅

                                              
  夏草という毛布にもぐった虫達の、夜毎に絶え間なく続く囁き声。その会話に小さな足が
砂利を踏む音が混じる。毎晩同じはずの音の中に、今宵はこの微かな乾いた異音が等しい間
隔を保って加わり、太古の生物達のかわす会話の声に奇妙なアクセントを添えている。


  過去に幾多の列車が走ったであろう二本のレール。その間に曳かれ、生い茂った草々の中
に眠りに就いた今も残る砂利と樹切れの上を、小人の娘は歩いていた。

  昨晩、月明かりの中に消えた師匠の後を追って。


  そう、娘は確かに森の娘を「追って」いた。決して「探して」いたのではなく。昨晩娘達
が夜を明かした丘の広場には、森の娘が残した足跡もその行く先の手掛かりも全く残ってい
なかったにも関わらず、小人の娘は確信を持ってレールを辿り、レールの終着点にいる師匠
に追い付こうと歩いてきた。その確信は日が照り付け行く手が大地からの靄で揺らぐ夏の真
昼の間、ずっと歩き続けた後でも変わる事はなかった。


  二本のレールは夜の帳が降りる頃から緩やかに下り始め、相変わらず平行を保って丘陵の
先へと伸びてゆく。

 その道筋に弱い褐色の輝きを湛えさせ小人の娘を導く月は、樹々の茂みが両側から覆い被
さる今は見る事はできず、枝葉の間から薄く漏れる光だけがその存在を裏付けている。昨晩、
森の娘が消えた時とほぼ同じように丸く浮かんだ月の存在を。



  ただ足元の二本の弱い輝きだけを道標にして、小人の娘は歩を進める。昨日のことをずっ
とぼんやりと思い返すことで、体の疲労を忘れるように努めながら。

  この等しい距離を絶えず守って伸びるふたつの金属を見て、あの時何故自分があれほど淋
しくなったのかは娘にはよくわからなかった。ただ理由もなく頭に浮かび、残り続けたひと
つの問い。


(この二人は、会う事はずっとできないの?)


「でも。」
  茂みに隠されて今は見えぬ月を仰いで、小人の娘はか細く呟いた。

(大丈夫よ。ほら、ちゃんと月が見守っていてくれるから。)
  真白い空の鏡の光の中で、いつもと変わらない優しいまなざしを安心させるように小人の
娘にそそいで。

「師匠は、そう言った。」


  ふたつの想いの間に、ひとつの言葉。それはあたかも二本のレールを時折繋ぐ樹切れの様
に交わされて。





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