螺旋の樹の物語 Rail 2 Station 2

時の駅


                                              
  夜が更けゆくとともに、ほぼ丘陵を降り終りつつあるのか徐々に下りの勾配は緩やかにそ
して平らになってゆく。それとともに、娘の道標を包みこむかのように繁っていた樹々がま
ばらになってゆき、隠れて娘の後を付いてきた月が時折顔を覗かせる。

  不意に、夜風に乗って歌声が聞えてきたのはその頃だった。

  夏の夜の星々に届かんとばかりに高く澄んだ声。そして、小人の娘のよく聴き知った詩。


    まわれまわれ  星たちのように
    まわれまわれよ  時計回り
    月は鏡  face to face, face to face
    背中合わせ face to face, face to face


  直感と聴覚が、この歌声が自分の師匠のものではないことを告げていた。レールの行く手
から届くこの声は、ずっと聴いていた師匠の歌よりもさらに一段高くそして陽気に響いてい
る。

  そして、何処か根本的な所で森の娘の歌声とは違う。

  その直感を持ちながらも、小人の娘は駆け出さずにはいられなかった。一昼夜歩き通して
疲れた体を押してでも。

  そして茂みを完全に抜けた先、そこに駅があった。



  広がる夜空と草原のふたつの平面の狭間にぽつりと立つ、樹と石でできた細長い建物。そ
れは金属のプラットホームが並び、音もなく電車が滑り込み乗客を吐き出す、あの無機質な
駅とは全く性質の異なる物だった。

  だが、それは確かに駅だった。レールに寄り添う様にたたずみ、苔という植物が付着して
深緑に色付いた石のプラットホーム、その中央に立てられた木製の小さな待合室。そして色
褪せた昔の文字で書かれた駅名板。改札口こそなかったもののそれは人々が電車を待つため、
乗るための駅であった。


  そしてその駅も、そのレールともども永い時の流れの中をずっと眠りについていた。こん
な真夏の夜には天空の星座達の饗宴と、虫達の地上の饗宴を耳にしながら。

  その饗宴に、今夜は高く澄んだ陽気な歌声が混ざりこんでいた。あたかも、時を越えて駅
を眠りから揺り起こすかの様な歌声が。しかもそれは駅自身の上から響いていた。


  待合室の脇の木製の長いベンチにちょこんと座って、彼女は言葉を紡いでいた。


(やっぱり、師匠じゃなかった。)
  直感でわかってはいたとはいえ抑えることのできない、夢中でレールの間を駆けてきた娘の
小さな体に走る微かな失望。

 突然現れた、息を切らして疲れ果てて立つ小人の娘に少々驚きながらも彼女は歌を止めて、
この状況の中では多少間の抜けた、しかし彼女らしいと言えば彼女らしい言葉で娘に呼び掛け
た。


「こんばんは。」

「あ……こんばんは。」
  思わずうつむいた顔を挙げて返す小人の娘。その瞳に、ベンチに座った彼女の姿が映る。

 月明かりの中微かな夜風に吹かれて揺れる、肩で切りそろえられた栗色の髪。見慣れない真
白いマントの様な服。微笑んで娘を見るその優しい瞳からは、何処か師匠に似た所を感じさせ
る。


  そして、ちょこんと膝の上に置いて手を添えた、鉄製のぜんまいのついた地味な木製の小箱。
その控え目な意匠は木製と金属製の差こそあったものの、昨日小人の娘が市場で買い、そして
森の娘が持っていった小箱と全く同じものであった。


「その小箱……。」

  慌ててプラットホームをよじ登る小人の娘。そんな娘に一瞬驚いた後、何かがわかったかの
様に微かにうなずいて、彼女は優しく応えた。


「これには、歌が入っているのよ。」





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