螺旋の樹の物語 Rail 2 Station 2

時の駅


                                              
「オルゴオルに歌を集めにきたの。」

 月は既に中天を越えつつあった。その強い光に照らされても、なお輝きを失わずに灯り続け
る銀河の灯を振り仰いで、彼女は小人の娘の問いに答えた。


 虫達の歌声に包まれて、時の狭間にあるかのようなプラットホームのベンチに座る、小人の
娘と彼女。


「開けてみてもいいですか?」

「今はまだ開けることができないのよ。扉が開くまではね。」

「扉って?」
 きょとんとした瞳で見上げる小人の娘。そのまなざしに、彼女は無言でそっと真上を指差
して答えた。

 その細い指の遥か先を見上げる瞳に浮かぶ、二つのまるい光のかたち。


「お月さま?」

「あたり。」
 彼女は悪戯をした時みたいに楽しそうに言った。



 小人の娘にとって、彼女は何処か師匠に似た空気を持っているように思えたのかもしれな
い。その不思議な雰囲気と、木製のベンチの冷たい感触が、疲れきった娘の体を静かに癒し
てゆく。

 優しい時間と涼しい夜風は、ゆっくりと、通過する電車の様にホームを通り抜けてゆく。


「ここは歌で満ちているのね。おかげで集めるのにずいぶん時間がかかっちゃった。」
 細い体をベンチに持たれかけて、独り言のように呟く彼女。

「お姉さんのところって、みんな歌わないの?」
 いつもの様に素朴な疑問を投げかける小人の娘。

「ずいぶん昔は、歌ってたのだけどね。」
 変わらない快活な笑顔で応える彼女。

「お姉さん、何処から来たの?」

「あなたは、何処から来たの?」
 不思議そうな娘に、そのまま逆に問い返す彼女。

「あっちから。」
 小さな指が、ずっと歩いてきたレールの先を指し示す。

「師匠を追ってきたの。そうしたら師匠の歌ってた歌が聴こえてきて、師匠とおんなじ箱持
ってたから……」

「そっか。」
 そっとうなずく彼女。少し首を傾げて娘を見つめる。数瞬の間、駅はもとの虫の演奏に包
まれた。


 やがて、娘の指し示した方と正反対を指して言った。
「お姉ちゃんはね、このレールの先から来たのよ。で、これから帰るところ。」

「れえる?」

「この二本の道のことよ。この上を電車が走るの。」

「ふうん。」
 よくわからないままに相づちをうつ小人の娘。やがてベンチからぴょこんと立ち上がると、
プラットホームからレールの間へと降りた。踏まれて砂利が微かな音を奏でる。

 月明かりをその瞳に湛えて彼女の方を降り返り、娘はもう一度尋ねた。


「この二人は、会う事はずっとできないの?」





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