夜毎、神話が生まれ変わるところ
夜毎、神話が生まれ変わるところ 最終の長距離電車は、闇に溶け混むかのごとく音も無く走ってゆく。その証拠を伝えるのは、 窓の外を流れる闇に埋もれた砂丘の影と、二本のレールの上に浮いて走る電車のほんの微かな 振動のみ。 車内にも、車外にも、少ない乗客のざわめきの他に音は無い。 その微かな振動に身を任せていた僕の脳裏に、何故かどうでもいい様な疑問が僕の頭に浮か んだ。 「どうして、レールは二本あるんだろう。」 車輪というものがあったずっと昔の時代なら、確かに安定を取るためにレールは両側に二本 必要だろう。しかし、この電車の様にレールの上に車体をまたぐ様に浮かせて滑走させる方式 なら、太めの一本のレールがあれば十分だろうに。 何故か過去からずっと、二本だったレール。ずっと平行で交わる事のないレール。 答えの無い疑問に見切りをつけて、僕は窓の外を見やった。闇に踊る砂丘の影が、ある時は 電車を包み込まんとするかの様にうねり、その直後何事も無かったかの様に夜に同化する。話 に聞いたことのある海の波というものは、あるいはこんな感じだったのかもしれない。 電車は徐々に丘陵地帯を降りていっている様で、やや先程より振動の数を増やしながら目的 の地へと走っていく。 ただ、音もなく。 彼女からの便りに気付いたのは、僕がその日に届いた標本の解析を取り敢えず一段落させ、 標本を持って自宅に帰ろうとした時だった。 今では荷物の配達にしか使われない研究室の大きな郵便ボックス。その片隅に、小さな水色 のプレートが届いていた。その奇妙なアンバランスさに、僕はふと扉を開ける手を止め、代わ りにそのプレートを拾い上げた。 プレートに小さく丁寧に書かれた宛て名は僕の名前だった。驚いてプレートを開くと、中に たった数行の文章が書かれていた。 『突然でごめんなさい。今夜、モリザワ教授の研究室の「樹」に来てください。 あなたに、聴いてほしいものがあるのです。』 それが、もう数年も会っていなかった彼女からの便りだった。 |