螺旋の樹の物語 Rail 1 Station 1

夜毎、神話が生まれ変わるところ


  夜毎、神話が生まれ変わるところ

                                              
  最終の長距離電車は、闇に溶け混むかのごとく音も無く走ってゆく。その証拠を伝えるのは、
窓の外を流れる闇に埋もれた砂丘の影と、二本のレールの上に浮いて走る電車のほんの微かな
振動のみ。

  車内にも、車外にも、少ない乗客のざわめきの他に音は無い。
  その微かな振動に身を任せていた僕の脳裏に、何故かどうでもいい様な疑問が僕の頭に浮か
んだ。

 「どうして、レールは二本あるんだろう。」

  車輪というものがあったずっと昔の時代なら、確かに安定を取るためにレールは両側に二本
必要だろう。しかし、この電車の様にレールの上に車体をまたぐ様に浮かせて滑走させる方式
なら、太めの一本のレールがあれば十分だろうに。
  何故か過去からずっと、二本だったレール。ずっと平行で交わる事のないレール。

  答えの無い疑問に見切りをつけて、僕は窓の外を見やった。闇に踊る砂丘の影が、ある時は
電車を包み込まんとするかの様にうねり、その直後何事も無かったかの様に夜に同化する。話
に聞いたことのある海の波というものは、あるいはこんな感じだったのかもしれない。

  電車は徐々に丘陵地帯を降りていっている様で、やや先程より振動の数を増やしながら目的
の地へと走っていく。

  ただ、音もなく。



  彼女からの便りに気付いたのは、僕がその日に届いた標本の解析を取り敢えず一段落させ、
標本を持って自宅に帰ろうとした時だった。

 今では荷物の配達にしか使われない研究室の大きな郵便ボックス。その片隅に、小さな水色
のプレートが届いていた。その奇妙なアンバランスさに、僕はふと扉を開ける手を止め、代わ
りにそのプレートを拾い上げた。

  プレートに小さく丁寧に書かれた宛て名は僕の名前だった。驚いてプレートを開くと、中に
たった数行の文章が書かれていた。


 『突然でごめんなさい。今夜、モリザワ教授の研究室の「樹」に来てください。
 あなたに、聴いてほしいものがあるのです。』


  それが、もう数年も会っていなかった彼女からの便りだった。





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