ガラスの森
ガラスの森 公園を後にしてから、僕はしばらく夢見心地のまま歩いていた。足元は、確かに着実 に研究室へと歩を進めていることを認識しているのだが、思考自体は何処か別の世界の 事を見聞きして考えてる、そんな奇妙な心地。 あの金色の髪の娘が手にしていた金属の小箱、確かに彼女の持っていた木製のものと は別のものなのだが、何故か見たことがあるような気がする。いや、それどころか、僕 はあの娘をずいぶん昔から知っていたような錯覚さえおぼえる。実際には会ったことす らなかったのに、意識の何処かから伝わってくる、遠く、そして深い思慕の想い。 まるで、夢を見る自分の意識の中に、もう一つの意識が静かな水のように流れてくる ような感覚。こんな感覚を先程から何度か味わっているような気がする。 たしか、あの最終電車に乗って仮眠を取った時からのような気がする。 そんな夢見心地の夜の街外れの散歩は、視界に懐かしい建物が入った瞬間に唐突に終 わりを告げ、身体から去って行った。 いつの間にか僕は大学の敷地内に入っていた。視界の奥、敷地のはずれの緩い丘の上 に、昔と変わらずに古代自然科学の研究室が佇んでいる。 唯一変わっているとすれば、夜天に浮かんだ鏡から投げかけられる、淡い光くらいだ ろうか。 いつになく強い月の光に洗われて、研究室は何処か小さな骨董品めいて見えた。ちょ うど、あの木製の小箱があったショーウィンドに並ぶ様な。 そしてその骨董品にまるで電源の箱みたいにくっついた硝子の一角。 そこが、永い、 永い時を生きてきた「樹」が眠る保存室だった。 その硝子の小箱が、誰かが灯したのか、夜間用の照明を受けて微かに燐光を発している。 その微かな光を見て、僕は硝子の部屋へと小走りで急いだ。 彼女が水色のプレートで僕に伝えた、「樹」の眠る部屋へと。 |