ガラスの森
気がつくと、あたかも夢から醒めたように、娘の姿も舞い泳ぐ蝶達もすでに霧のよう に保存室から消えていた。後にはただ、相変わらず僕たちを眺めるかのように降り注ぐ 月の光と、微かな余韻が漂うだけだった。 僕は慌てて鞄の中の標本を取り出した。つい先程まで時間を超えて空気を震わせてい たはずのその羽は、今は等しい間隔を保って元の永い眠りに就いていた。 ほっと息をついて、娘が立っていた「螺旋の樹」を見やる。「樹」は、今は誰も寄り かかっていないその幹を静かに光にさらしていた。 その幹と地面を繋ぐ太い根の傍らに、何かが忘れられたように置かれていた。 僕はそれに気づいて、娘が歌っていた根元に立ち、そっとその物を手に取った。 それは紛れもなく、彼女が姿を消した日に持っていた、あのぜんまいのついた木製の 小箱だった。
挿入詞:『ガラスの森』/zabadak より
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