螺旋の樹の物語 Rail 1 Station 3

ガラスの森


                                              
 気がつくと、あたかも夢から醒めたように、娘の姿も舞い泳ぐ蝶達もすでに霧のよう
に保存室から消えていた。後にはただ、相変わらず僕たちを眺めるかのように降り注ぐ
月の光と、微かな余韻が漂うだけだった。


 僕は慌てて鞄の中の標本を取り出した。つい先程まで時間を超えて空気を震わせてい
たはずのその羽は、今は等しい間隔を保って元の永い眠りに就いていた。


 ほっと息をついて、娘が立っていた「螺旋の樹」を見やる。「樹」は、今は誰も寄り
かかっていないその幹を静かに光にさらしていた。


 その幹と地面を繋ぐ太い根の傍らに、何かが忘れられたように置かれていた。


 僕はそれに気づいて、娘が歌っていた根元に立ち、そっとその物を手に取った。

 それは紛れもなく、彼女が姿を消した日に持っていた、あのぜんまいのついた木製の
小箱だった。


挿入詞:『ガラスの森』/zabadak より
作詞:麻生圭子 作曲:吉良知彦


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