螺旋の樹の物語 Last Station

遠い音楽


                                              
 風が夜気を攪拌して流れ去るように、暁が訪れて闇から藤色の朝に溶けてゆくように、
彼女と森の娘の歌は余韻を漂わせて終わりを迎えた。

 その終焉に合わせるかのごとく、先程まで極大値に達していた光の雨音の描く曲線は、
ゆるやかに水平軸へと近づいていく。ちょうど、扉の公転周期と対をなすように。

 まだ、手元では僅かに勢いを弱めたぜんまいが、かすれた調べを弾いている。


 夜天の彼方を見つめていた小人の娘が、はっと何かを感じとった。
 僕は、小人の娘に比べて、はるかに鈍感だった。


「師匠っ、行かないでっ!」
 強い色を取り戻した瞳が、上目がちに、必死に森の娘を見つめる。

「……あなたは、ひとりで帰ってこれたでしょう。今度は、私がひとりで帰る番。」

「ずっと一緒じゃなきゃいやですっ!もう迷惑はかけませんからっ。」

 真摯な眼差しで、森の娘に訴えかける、小さな娘。その、自分にとってたったひとり
の小人の娘を護るような微笑を返す、森の娘。

 広場で遊ぶ子らを、その木蔭で優しく見守るように。

「ずっと一緒よ、耳を澄ましていれば。……私の歌、聴こえたでしょう?」

「聴こえた、聴こえました……でも……。」
 小さな手を、心が震えるほど強く握りしめて、その想いを言葉に透過して。


「行かないでっ!私、師匠のこと大好きなんだからあっ!」


 駆け寄って、師匠の服に顔を埋める小人の娘。純粋な言葉に結晶化した想い、それが
次から次へと瞳から溢れてくる。

 驚いて、自分の弟子の名前を呟く。そして、弟子の背に合わせてそっと屈みこむ森の
娘。

 言葉だけでは、足りない想いを抱きしめて。


 僕には、少し小人の娘がうらやましかった。

 もしかしたら、あの古びた電車の中で言ったように、小人の娘の二本のレールは、天
と地が交わるところで本当にひとつになって会えるのかもしれない、と思う。





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