螺旋の樹の物語 Last Station

遠い音楽


                                              
 歌い終えた彼女と僕の間の空間。この空間の距離は数年前と変わらなくて、懐かしく
も、切ない。

 二つのレールの、平行で「自然」な距離。


「……もう、行くのかい?」
 小人の娘に随分先を越された、僕の問い。

「もう、樹に帰らなきゃ。」

「そっか……。」
 僕は、また言葉を失くして目を伏せる。届ける言葉は紡げず、想いを無理に言葉に昇
華しようとすると、想い自体が砕けそうで。


「元気でね。」
 彼女の変わらない微笑み。それも、懐かしくて切なくて。

 不意に、僕の胸から思いもかけなかった言葉が生まれる。


「……ごめん。」


 最初は、えっ、と驚いた表情を見せた。そして、握った手を口に当てて、少し俯く様
に、彼女はくるりと僕に背を向けた。

 暫く、時間はそのまま静止した。

 このまま、彼女が消えてしまうのではないかと思った。まだ少し光の雨が残るこの空
気の中に、溶け込む様に。

 僕は、今でもこの時間を忘れることはできない。


 だけど、彼女は消えないで、もう一度くるりと僕の方に振りかえった。

 そして、そっと僕に手を差し出す。もとの微笑みで、軽く首を傾けて。肩までの髪が
軽く揺れる。

 僕は、戸惑いながら、その細い手を取る。


 繋いだ手のひらから感じる、優しさと暖かさ。
 二つのレールの距離を繋ぐ、僕と彼女の手。二人の体温と鼓動から、想いが音楽の様
に伝わってくる。

 言葉にできなかった想い。でも、この指の隙間に確かめた、たどたどしく遠い音楽を
聴くことが出来る限り。


 きっと、大丈夫、と思う。


 最後に、彼女は繋いだ手を離して、にこやかに手を振った。また明日にでも会うかの
様に。


 その口から、音にならない言葉が一つ、紡がれた。

 だが僕には、それを読み取ることはできなかった。





→Next

ノートブックに戻る