螺旋の樹の物語 Last Station

遠い音楽


                                              
 急に、意識が手元に引き戻されるような感覚と共に、森の広場の光景が薄くなって溶
けてゆく。

 驚いて顔をあげた僕の目の前、「樹」にもたれ掛かって。

 彼女が、そこに居た。

 数年前の月の夜に、木製の小箱を持って姿を消した時と、全く変わらないままで。


 
 先程まで、ずっと募っていた、「会いたい」という想い。その想いが、この満ちた月
の夜を抜けてようやく彼女に会えた今、胸の中に強く込み上げてきて。


 僕は、想いを彼女に繋げる言葉を失くしてしまっていた。


 彼女も何も言わずに、あの日と変わらない微笑みを浮かべていた。
 その変わらない笑顔が、何故だか切なく思えて、僕は少し目を伏せた。


「師匠っ!」

 その時、高い叫び声が何処かから聴こえた。

 この大学の保存室ではない、いや、この世界ではない何処かの森の「樹」の前で。
 小人の娘と森の娘が出会ったのが僕達に見えた。

「何で急にいなくなっちゃたんですかっ!会いたかったんだからぁっ!」


 
 僕達は、もう一度目を合わせて、思わずくすりと笑った。
「元気だった?」





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