ぽろん、ぽん、ぽろん。
遠い何処かで奏でられた調べを、桜の枝がアンテナのように受けとめる。
そうして、その調べは樹を介して、私のもとへと届いた。
ぽろん、ぽん、ぽろん。
ひとたび夜の桜を介して受けとめた、微かな音楽。
それはその後もとぎれとぎれの電波のように、思い出したように私のもとに訪れた。
桜のうたにも似た、ピアノの鍵盤よりも高く、何処か幼くも素朴な音のかけら。
何処からか届くその和音は、淋しい夜に灯りを燈すように、私の心をなぐさめた。
眠りに就く子を鎮めるために、夜毎紡がれるささやかなおはなしのように。
心に燈るそんな灯りに、私はいつしかひとしずく、ひとしずくと、想いを募らせていた。
そのしずくは、音楽という現象に向けられた分、より奥深く澄んだまま零れ落ちた。
やがて想いの水滴は、泉のように私の胸のうちにひろがって、静かに溢れ出した。
その調べを紡ぐひとに、逢いたい。
でも、その誰かに逢う術も、想いを届ける術も、私には全くなかったから。
だから、私はその調べへの想いを、私の旧い桜へとそっと込めた。
届くことのない想いを儚い花に変えて咲かせ、うたにして風に散らす。
それが、桜の樹の務めだから。
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