Tin Waltz
冬の名残の雨は、まだかなりの冷たさを含んでいる。
フードから額の巻き毛へと落ちるその冷たい滴を軽く手で払いながら、 娘は、丘の
頂上へと続く緩やかな傾斜を登っていた。
湿った落ち葉を踏みしめる、シャクシャクという音を耳にしながら、娘は、ここに来
るのも何年ぶりだろうかと想いを巡らせた。
急に何も描くことができなくなって、気分を紛らわせようかと自分の部屋を掃除して
いた時に見つけた、古い木箱。
その中から出てきた色褪せた数枚の、幼い日の稚拙なスケッチ。乱れた娘の胸の内に、
ほのかな郷愁の灯りをともし、娘の足をこの丘へと向かわせたのは、その中でも特に
拙い一枚だった。
それは、どこか寂しげな、高みから眺めた黄昏に染まった町の遠景。
想いが幼き日々の記憶へと辿り着くより先に、徐々に平坦になってゆく道が、娘に目
的の地が近いことを気付かせた。
雨のヴェールに覆われてぼんやりと霞んだ視界が、丘の頂上に近づくにつれ、僅かで
はあるが開けてゆく。
その視界の先に探していた物を認め、娘は少し息をついた。
それはほわりと冷たい空気の中に白くたなびき、溶けていく。
娘が探していた小さな家、それはあたかも靄の海に漂うかの様に、丘の上に佇んでいた。
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