もう何年も過ぎているにもかかわらず、家は、娘の遠い昔の記憶と全く変わっていな
かった。
森の中で幾つも歳を重ねた大樹から切り出されたような、古い木の質感、町に群れ集
う家並からは決して感じることのない、神秘とも畏怖ともとれる、奇妙で言葉に表し
難い雰囲気。
それは、娘がここに再び訪れる迄の年月を経て、増しこそすれど失われることは決し
てなかった。
あるいは、静かに降り続ける雨がそれを増幅していたかもしれないが。
その雨の冷たさに少し身を震わせながら、娘は樫の木で作られたがっしりとした扉に
近づき、数回ノックした。
予想通り、返事は無かった。丘の上に眠るこの家からは、人の住む気配など全く感じ
られなかったから。
娘は扉に手を掛け、少し力を込めた。鍵は掛かっておらず、重々しい軋んだ音を立て
て扉は内側に開き、娘を内へ招き入れた。
中はひっそりとして、机や椅子が残っているものの人が生活している痕跡は何も無か
った。
ただ、何年も放置されていれば、家というものは自然と荒れ果てていくものであるは
ずなのに、不思議な事に、全体的に少し埃が覆ってはいたが、家の内装はさっぱりと
して、少しも時の流れにさらされた跡を見せなかった。
だが、その事に気付いても、不思議と娘は違和感を覚えず、何故か判らないが妙に納
得するものを感じた。
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