広間の奥には、煉瓦造りの暖炉がずっと使われる事無く、眠りに就いていた。
その傍らに、湿らずに残った薪が数束、まるで誰かがこの無人の家に訪れるのを知
っているかの様に備えられ積まれていた。
それを目にして、娘は、自分の体が冬の名残の雨を受けて冷えきっていたことを急
に思い出し、濡れて重くなった外套を脱ぎ、暖炉に薪をくべ、火を点した。
突如眠りから覚まさせられた暖炉は、抗議するように勢いよく炎をあげ、パチパチ
と音を立てた。柔らかい光が古い木の家の中に満ち、少しずつ染み透ってくる暖か
さは、疲れた娘の体と心に、まるで幼子が母親に抱かれている時に感じる様な安ら
ぎを与える。
雨は相変わらず降り続いており、その水滴が屋根を打つ音が一定のリズムを持った
和音の連なりの様に、娘の耳の奥へと届く。
時折それに薪のはぜる音がアクセントを加える。
今この家の中に存在する音はそれだけだった。
(今日はやみそうにないかな。)
雨に霞む窓の外を見やって、娘は小さくため息をついた。そして、諦めぎみに荷物か
ら毛布を引っ張り出し、それにくるまって暖炉の前に腰を降ろした。
暖かさに体がほぐれてゆく。その眠気さえ誘う心地好い感覚に身を任せながら、娘は
ぼんやりと、この場所での遠い追憶に想いを巡らせ始めた。
ふわり、ふわりと暖炉の火が娘の心身を溶かしてゆく。
冷たい雨は、依然として絶えまないリズムを刻んでいる。
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