「この家にはね、家守が住んでおるんじゃよ。」
娘の夕食のためにと、町で買ってきた子鹿の肉を煮込みながら、老婆は答えた。
それは、いつもの様に、娘が夕暮れの寂しさに耐えかねて丘の上に訪れたある冬の
晩、独りで暮らしてて寂しくないの、という娘のふとした質問に答えてのことだった。
「『いえもり』ってなあに?」
台所から漂ういいにおいの源が、テーブルに届くのを待ちわびながら、娘は尋ねた。
やがて、暖かな湯気を吹き上げる鍋を両手で抱えて、老婆が戻ってきた。娘は待ち
に待ったご馳走の到着に歓声をあげた。
「家守というのはな、その家を守ってくれる妖精のことじゃよ。ずっと家とその家に住
む人を見ておってな、不幸な事が起こったりしない様に、家の中が汚くならん様に守
ってくれるんじゃよ。」
老婆は、鹿肉の煮込みに夢中になっている娘が、やっと満足して一息入れるのを待っ
てから答えた。
「ふうん。でもわたし、よくここに来るけど、会った事ないよ。」
「普段は姿を現す事は無いんじゃ。その声を聞く事もできん。」
「でも、おばあちゃん会った事あるんでしょ?」
初めて皿から顔をあげて、娘は尋ねた。
「ああ……、一度だけな。」
「どんな人なの?」
「背丈がお前さんの半分くらいでな、床に届かんばかりの長くて雪の様に白い顎鬚を生
やしててな、魔法のほうきを大事そうに持っておった。そうそう、あと錫でできた小
さな笛を持っておってな、これがきれいな音色を奏でるんじゃよ。」
老婆の口調は、どことなく懐かしげで寂しげな感じを帯びていた。
「ふーん……。わたしも会ってみたいな。どうしたら会えるの?」
「……さてなあ。」
しばしの沈黙の後、老婆は首を振って言った。
パチリという薪のはぜる音が、冬の夜の静けさを一瞬破った。
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