Tin Waltz 






秋の終わりから冬にかけて、娘はしばしばここに来ては、あの黄昏の町並を絵に描  こうと試みた。  日没は、冬が近づくにつれますます早くなり、否応なく娘の寂しさを募らせた。  老婆は、もはや病の床につき、立つ事もできぬ状態になっていた。町から老婆の知り  合いが看病をしにきたが、容態は思わしくなかった。 「昨日、家守がわしに会いにきたよ。」 雪のちらつく冬の夜更けに、老婆は娘に打ち明けた。 「……あの時は話さなんだが、本当は、家守はその家の住人の死が近づいた時、別れを  告げに来る時しか、姿を現す事ができないんじゃ。わしが家守を見たのは、爺さんが  死んだ時じゃった。」 驚きに目を見張る娘を尻目に、老婆は弱々しく話を続ける。 「そうして、家の住人を全て見送ったら、新たな住人が再び現れるまで、家を整えて待  ちつづける、なんとも悲しい運命じゃて。」 「そんなこと、言わないで。そんなの、嘘よ。」 娘はむせびながら、老婆のやせ衰えた体にすがりつく。 「よしよし、いい子だ。泣くんじゃないよ。それでな、家守に聞いたんじゃ、寂しくな  いのかってな。家守はこう答えたよ、『物事には、始まりと終わりがあるから綺麗な  んだ、その輝きを見守れるのだから、わしは幸せじゃ。』、とな……。」 老婆は、骨ばった手で震えながらも、いつもと同じ様に娘の頭を優しく撫で、つぶやいた。 「昨日、家守が、あの錫の笛の音ををもう一度聴かせてくれたんじゃ。ほんに懐かしく  て、心が安らぐ音色じゃった……。」 その言葉を最後に、老婆は安らかな寝息を立てて眠りに落ちた。 数日後の深夜、娘は微かな楽の音を耳にした気がして、目を覚ました。  町外れの娘の家の窓をそっと開けると、丘の方から、確かに高く響く笛の音が、娘の  耳の奥に届いてくる様に思えた。  家守の錫の笛の、寂しくて懐かしい調べが。  老婆の死を知らされたのは、その翌日のことだった。 *




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