紅い黄昏の色に照らされて、何だか悪戯を考えた子供のような顔で。
青年が私に差し出した、小さな縦笛。
ブリキでできたその笛は、遠くから届く夕焼けを反射して輝いている。
私の中で、透明な氷が砕けるように、何かがはじけた。
たしかに、私はこの縦笛に、見覚えがある。
紅い黄昏の色の、ブリキの笛。桜の樹、散り行く花びら。見慣れない和服。
そして、この胸の中に、海の波のように、繰り返し響きはじめる、切ないワルツの調べ。
「ねえ、あなた、この場所で私に逢ったこと、ない?」
私は、青年の細めた瞳を、はじめてまっすぐに見つめて、尋ねた。
「……この笛は、わしの古い知り合いのものじゃ。」
僅かな時の狭間に、かすかな夜風が、樹に挨拶をかわすように、軽く枝を揺らして通
ってゆく。
「もしも、歌が好きだった娘さんがここを訪ねることがあったら、この笛を渡して
やってくれと、頼まれてなぁ。」
何処かとぼけた表情で、にやりと笑う、細身の青年。
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