Tin Waltz 






 訳もなく落ち込んだ時に、不思議と思い出す、幼い日の記憶。  それはきまって、微かな痛みのような悲しみと懐かしさを、私の胸の奥に燈してゆく。  この日はまるで誘われるように、そんな記憶が鮮明によみがえってきて。  気がつくと私は、フルートを持ったままで、郊外に向かう列車に乗っていた。  クリーム色と橙色のディーゼルカーに揺られてまどろみながら、私の想いの奥で、  あの記憶の中の音楽が、黄昏色の細い三角を描いていた。  くりかえし、くりかえし、ワルツのリズムを奏でながら。  丘のふもとに佇む、こじんまりとした駅のホームで私は列車を降りる。  乾いた空気を吐き出してディーゼルカーのドアが開くと、ふわりと、もう暮れの空の  匂いがした。  「何、やってんだか。」  演奏会の練習をさぼって、幼い日の記憶に誘われるままにこんなところまで来てしま  った、私。  そんな自分に向けて、郊外の暮れの空気を軽く吸いながら、思わず、ためいき混じり  に呟く。  人気のない駅を出て、枯れたすすき野原をぬって丘を登る小道を歩く。  はらはらと、二月の夕風が、野原と私の前髪をなでてゆく。  ぼんやりと霞む山のかたちを越えて、ここまで降りてくる冷たい空気に、私はほっと  白い息を吹き返す。  子供の頃は、いつもこの風に向かって小走りではしゃぎながら分校に通っていた。  みんなで、先生の教えてくれた歌を歌いながら。  歌を人前で歌わなくなったのは、いつからだったっけ。




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