Tin Waltz 






 穏やかな目をして、いつも優しかった初老の先生。  授業の合間に、いつも私達にたくさんの音を教えてくれた。  子供向けの唱歌だけでなく、時には不思議で珍しい音盤を聴かせてくれたり。  そんな時は、いつも楽しそうに自分で歌を口ずさんで。  遠い異国の風景のジャケットに包まれた、知らない国の楽器の陽気な音。  深く、静かな海の底のように教室を満たした、女の人の歌声。  何処か懐かしくて、やさしくて、せつない音楽も。  子供心に、私もいつかこんな音を紡いでみたいと、ずっと思っていた。  その名残が残ってるのか、今でも細々とフルートを習っている。  (とうとう、さぼっちゃったけどね。)  一瞬だけ、追憶から今の時の流れに引き戻されて、苦笑いをする。  まるで桜の花が、夜の嵐を受けて一夜で散るように、先生は、春の終わりの日に亡く  なった。  その時のことは、不思議と、ほとんど記憶に残っていない。  そんなことを想いながら、私は校舎の名残を後にして、自然と裏手の桜の樹へと歩い  ていた。




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