だんだんと、黄昏の色から薄紫へと移り行く天の色を背景にして、黒く大きな影を紡
いで。
校舎の名残を見守るように、桜の樹は今もそこにあった。
誰かにいじめられたり、訳もなく悲しくなった時、いつも私はこの樹の枝に登っていた。
悲しくなった時、寂しくなった時、子供の私を護ってくれた、大きな樹。
その茶褐色の幹の肌はごつごつとして、相変わらず優しそうで。
何だか、ほっとして、話かけたくなって、私は樹にそっと声をかけた。
「おまえだけは、変わってないのね。」
「おまえさんだって、きっとそう変わってはおらんだろうに。」
何気なくつぶやいた私に、まるで木霊を返すように、不意に樹から降ってきた声。
静電気を感じた時みたいにびくっとして、私は桜の大樹を見上げた。
幼い頃の私のありかだった、その枝の上に。
長い髪を後ろで束ねた、一人の青年が座って、私を見下ろしていた。
「何よ、びっくりするじゃないの!」
私は、何だか恥ずかしくなって、語気を強めて青年を睨みつけた。
まるで子供みたい、と思って、ますます何だか恥ずかしく、腹立だしくなる。
「びっくりって……わしに話しかけたんじゃなかったのか?」
その口調とは不釣合いな、端整な白い顔立ちに不思議そうな表情を浮かべて首を傾げ
る青年。
細い目に和服のいでたちは、何だかお稲荷さんの狐のようにも見える。
「……私は、桜の樹に話したのよ。あんたなんかに話かけたんじゃないわ。」
目をそらして、少し俯いて答える、私。
「なんだ、おまえさんこの樹の知り合いか。ならば、わしとは知り合いの知り合いだな。」
にやりと、悪戯っぽい笑みを浮かべて、自分の座っている枝を指差して。
「せっかくこやつを訪ねてきたんだ。登っていくか?」
「……そこはもともと私の場所よ。」
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