東京の空の下 / page1

 東京の空の下  かたこと、かたこと、線路の微かな継ぎ目を通過する度に、軽やかな調べを奏でて。  流線型の特急電車は、冬のはじまりを告げる北風のように空気を切り裂きながら、僕 をあの街へと運んでゆく。  幼い日に、双子の姉と別れた、あの巨大な街へと。  遠い昔、ふたりだけで初めてあの街へ行った時には、幾つもの列車を乗り継いで、も っと随分と時間がかかったのを覚えている。  永い旅路がつのらせる、まるで世界にふたりきりになってしまったような心細さ。  その心細さを、繋いだお互いの小さな手に握り締めていた記憶と一緒に。  それが今では、特急電車に乗りさえすれば、ほんの数時間で着いてしまう。  それは、大人になった自分の時間が、子供の頃に比べてあっという間に過ぎ去ってい くのに、何処か似ている。  デッキにもたれて、僕は小さな四角い車窓に浮かぶ、空を眺める。  淡い青に霞んだその空は、だんだんと建物の影に切り取られて、狭くなってゆく。  そんな風に、ぼんやりと硝子窓の向こうの空を見ている内に、暗い海へと飛びこんだ ように、不意に窓の外の視界が闇に包まれた。  その視界の変化に気づいて、僕がもの想いから醒めるとほぼ同時に、特急電車は光に 包まれたターミナルの地下ホームにすべりこむ。  プラットホームに降り立つと、微かにむっとした空気とあまりにも多い人の数に、ほ んの少しだけ、くらっとした。  エスカレーターを乗り継いで、特急電車の地下ホームから在来線の高架ホームへと上る。  お目当ては、半時計回りの緑色の電車。  ホームに三列に並んだ都会の人々に混ざって電車を待っていると、反対側のホームに 時計回りの電車がするすると減速して、滑りこんできた。  ふと、その電車の運転席を見ようと思って、僕は顔をあげる。  だが、その試みは一瞬遅く、既に電車の先頭は僕の視界を通過していた。    *** 「あれ……?」  一瞬、懐かしいような、胸を刺すような、不思議な感覚がよぎって。  私は、ふと通過したプラットホームの後ろ側を振り返った。 「どうしたの?」  運転台の傍らにちょこんと座った薄い黄緑色の服を着た少年が、不思議そうに首を傾げる。 「何かね、いま反対側のホームに、誰かがいた気がした。」  一瞬の残像の内に、何処か懐かしいものを見たような、感覚。それをうまく言葉にで きないまま少年に答える。 「誰かって、誰さ? まさか運命の人でもいたの?」  そんな私のあいまいな言葉に、少し悪戯っぽくにやにやと笑いながら、少年は尋ねる。 「なによぅ、それ。どういう意味?」  思わずそんな少年を横目で睨みつけやるものの、少年は一向にひるむ様子も見せない。 「ほら、発車サイン出ているよ。時間厳守、時間厳守。」  ふん、と正面を向いて、十一の車両に、たくさんの人と想いを乗せた緑色の電車を、 私はゆっくりと加速させる。 「誰だったんだろう……。」  無意識に、ぽつりとつぶやきを残して。    ***




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