Walking Tour 青年は、ふと羽のペンを止めて、窓の外に目をやった。時おり、ガラス に白い綿毛のような塊がくっつく。 (また降ってるのか。) 雪はしんしんと降り続いている。そして辺りを静かに純白のカーペット でおおってゆく。町を、野原を、丘を、そして町外れのこの小屋も。 雪が降るのは、この地方では別段珍しいことではなかったが、それが四 月の雪となると話は変わってくる。それも、四月に入って三度目ともなれ ばなおさらのことであった。 長い時間机に向かったために、すっかり硬くなった背筋を思いっきり伸 ばす。何回か体がポキポキと音をたてた後に、小屋は再び静寂に包まれた。 この雪の降る夜に特有の凛とした静寂を破るものは、せいぜい暖炉の火 がはじける音くらいであった。 (いったい、どうなっているんだろうなあ。) 青年は、寒さに少し身を震わせ、上着を肩にかけなおした。空気は透き 通って冷たく、雪のもたらす静寂をいっそう強めるかの様であった。 この凍てつくような寒さと静寂は、どことなく神聖な雰囲気を人に感じ させるが、それも冬なればのこと。さすがに春もたけなわになろうかとい う四月になると、やはり場違いな気がする。 実際、おかしなことに今だに今年は春の訪れる気配すら感じることがで きなかった。それはまるで、春が目覚まし時計をかけ忘れて朝の訪れにも 気付かずにベットで寝息をたてているかの様であった。 そして、冬は依然その力を弱める事無く、世界を包んでいた。 しかし、青年はそれ以上気にする風でもなく、再び冷たい木製の椅子を 机の方に引き、忙しげにペンを動かし始めた。王立の学院の入学試験が二 週間後に迫っていたから。 とんとんとん。 不意に、静寂を破って何かをたたくような音がした。 どんどんどんどん。 再び、先程よりも強い音。青年は、ペンを置いて顔を上げた。 「誰もいないのかね?」 小屋の外から、少しくぐもった声が聞こえた。ここにきてはじめて、青 年はその音がこの小屋の扉をノックする音だと気付いた。 (こんな雪の夜に、いったい誰だろう?忙しいのに……) 青年は、面倒臭そうに椅子から立ち上がり、小屋の分厚い木でできた扉 を開けた。とたんに、心臓も貫かんとばかりに凍てついた空気が吹き込ん でくる。 寒さに怯みつつも開けた扉の隙間から外を覗くと、そこには雪によって 白く覆われた毛皮の帽子に上着そして手袋に身を包んだ、ずんぐりと太っ た老人がいた。 その顎髭は、腰の辺りまで長く伸び、ちょうど今降り続いている雪の様 に白く、まるで長いつららの様で、その瞳は黒くて小さく、小屋の中から の明かりを受けてわずかに光をたたえている。 老人がその全身から与える印象は、まさに白熊か、類する白い毛を持つ 獣のそれであった。 「あんたに手紙を届けに来たんじゃがね。」 老人は、白い息を吐き出しながら穏やかな声でそういった。確かにその 手には、一通の手紙が握られていた。青年は、何故こんな時間にと思いな がらも、老人から手紙を受け取って礼を言った。 「ふうっ、それにしても今夜は冷えるのう。すまんが、少しここで暖まら せてもらえんかね?」