「すまんのう。おお、暖かい、人ごこちがつくわ。」 古い作りで、すき間風が肌を刺すとはいえ、相変わらず雪が降り続ける 外に比べれば、小屋の中はほんのりと暖かくて快適だった。 青年は、この町外れの小屋を気に入っていた。 そういえば、学院の近くで勉強に専念しようと、この小屋に引っ越して きたのは、ちょうどこの冬が始まる直前だったかと、思い出しながら改め て小屋の中を見渡して、青年ははじめて中がずいぶんと散らかっているこ とに気付いた。 青年は、今更ながら恥ずかしさを覚え、あわてて身の回りを片付け始めた。 「気にしなさんな。学院に入るための勉強で忙しいんじゃろ?わしは勝手 にくつろいでいるから、おかまいなく、勉強を続けなされ。」 老人はそう言いながら、テーブルから肘掛のついた椅子を暖炉の方に引 き寄せて、ゆったりと腰を掛けた。 何故、自分が試験勉強をしていることを知っているのだろう?そんな青 年の思いを読んだかのように老人はこう言った。 「この辺は、そんな若者が多いからのう。」 確かに、それもそうだ。ライバルに遅れをとってはなるまい。青年は、 手に持ったままの手紙をそのままテーブルに放り、再び机に向かった。 「おじゃまついでに、ちょっと手なぐさみをしてもいいかな?」 机に向かう青年の背中ごしに、老人は言った。青年が答える間もなく、 老人はゆったりとしたバイオリンのしらべを奏で始めた。 その音色は、弾き手の老人の顔と同じく穏やかで、凍てついた雪の静寂 に支配されていた小屋を、暖炉の火にも似て、優しく暖めるような音色だ った。 (どこかで聴いたことがあるような……) そんな青年の思いをよそに、老人は静かにバイオリンを奏で続ける。一 曲目を終えると、そのしらべは町の酒場でよく弾かれる、よく知った流行 の曲へと変わっていった。 青年も、再び勉強に専念しはじめた。先程迄とはどこか違う、穏やかな 時間がゆっくりと流れてゆく。