突然話題がすり替わったことに訝しさを覚えながらも、青年は、冬の初
めにこの小屋に引っ越して以来、手に触れていなかったギターを手にした。

 そう言えば、昔は夢中になってこのギターを弾いたものだ。そう思いつ
つ、青年は流行の曲をいくつか奏でた。             


「結構やるもんじゃのう。どうじゃ、よく知られた曲ばかりでなくなにか、
あんたが作った曲とかはないかね?」 



 その瞬間、一つの旋律が青年の脳裏に蘇ってきた。いつだったか、まだ
故郷にいた頃に作曲した懐かしい旋律。そして、どうしてもその穏やかな
旋律にぴったりの歌詞を思いつけずにそのままになっていた曲。


 青年は、記憶を頼りに和音を奏で始めた。一つ、また一つと。ずっと眠
りに就いていた旋律が、再び紡がれていく。         


 不意に、バイオリンの伴奏が青年のしらべに加わった。先程、老人が弾
いたあの旋律が。二つの旋律は、あたかも合奏しているかのように調和し、
一つの妙なる旋律となった。                      

  
「おお、偶然とはいえ、よくここまでぴったりあったものじゃのう。」老
人は、暖かい笑みを浮かてみせた。そしてなにかを言おうとした青年を制
して言った。      


「そろそろ、夜も更けたし、あまり邪魔しても悪いからのう、わしはこれ
で失礼するよ。世話になったのう。」  


 老人は、再び身を毛皮で包み、バイオリンをしまったかばんをかつぎ、
まだ驚いている青年を尻目に、いまだ雪の降りしきる戸外に出ようとした。           


「そうじゃ、忘れておった。」老人は、振り返って、かばんから何かを取
り出した。

 それは、紙に包まれた、小さな桜色の卵であった。                 

「実は、これはわしが、ある所から盗んでしまったものなんじゃが、」老
人は、軽く頭を掻いて続けた。     

「快適な暖炉と、ギターを弾いてもらったお礼じゃ、受け取ってくれんか
ね?そこの暖炉の近くに置いといてくれると、有り難いんじゃが。」    
          

 青年は、老人からその桜色の卵を受け取った。それは、とても軽く、ほ
んのりと暖かかった。老人は、最後にもう一度あの穏やかな笑みを見せ、
雪の中を歩いていった。 


(老人の曲が、自分の作った曲とぴったり合ったというのは、本当に偶然
なのだろうか?どうしても、そうは思えない。偶然でないなら、老人は私
の曲を知っていたということになる。何故あの曲を……。)        

   
 色々考えているうちに、青年は急に眠気を覚えた。今日は、もう疲れた。
とりあえず、もう寝てしまおう。

 青年は手にしていた桜色の卵を暖炉の傍にそっと置き、床に就いた。そ
してすぐに、心地よい眠りの波に漂っていった。 




続きへ

ノートブックに戻る