インド放浪日記 第2週
ジャイプール〜
アグラ〜
バラナシ〜
ガヤー


2月23日(日) ジャイプール〜アグラ


結局AM5:00頃までウトウトしていた。寒い。風邪をひきかけてる。
朝一番で切符をとりにいく。朝早いのにもうカウンターには行列ができていた。それを横目で見ながらオフィスへいくと、切符入れをバコンと開けてチケットを取りだしてくれた。自由席なので早めに行くことにする。

列車が来て席につくと、 急にお腹が痛くなってきた。これはそうとうマズイ。出発まであと10分。トイレはホームの2階にあった。
いつもなにかの寸前でハプニングが起こるなあ。

荷物も心配だが、ここで爆死するわけにもいかないので、走る。
トイレから帰ってくると、やっぱり席をとられていた。出発まで3分。なんとか席を確保しなくては6時間も立ちっぱなしだ。
外人のグループが席を1つ空けてくれた。なんとかアグラにつきそうだ。
ちょっとゆっくり休みたい。

11:00定刻にアグラフォートに到着。アグラの駅前はあんまりいい感じがしない。
なんか胡散臭い。フォームの外にはリクシャワーラーがうじゃうじゃいるので、昼飯を食べてから時間差で外に出る。が、さっきからズーッと俺の方を見ているヤツがいる。

案の定、リクシャワーラーだった。外に出るとすぐ声をかけてくる。今までの街にはない強引さだ。リクシャに乗らないそぶりを見せると無理やり引っ張っていこうとする。

なんとか振り切り、少し歩いてから他のリクシャに乗る。
アグラカントまで来て、駅のリタイアニングルームのドミに泊まることにする。今日はゆっくり考えよう。時間はある。


「駅にあったポスト」
?????
インドでは、手紙を集める際、ポストごと回収するってことだよね。
これは。




<昼食>
●ターリー 15RS
・列車代  45RS
・ドミトリー 25RS
・チケット 300RS



しまった。ポリシーに反して、旅行代理店でチケットをとってしまった。
バラナシまでの切符がなかなか手に入らなかったので、つい。今後は自分で取るように気をつけよう。しかし、日本円換算してしまう。1500円で数百キロの寝台がとれちゃうんだからなあ。

しかし、だからといって金を落としていたら、ホントの観光旅行になってしまう。ちっと気合入れ直さないとダメだな。どうも最近弱ってきてる。




2月24日(月) アグラ


今日は両替に行くつもりだ。時間もあるので朝飯を食べていると日本人がいたので情報交換をする。彼はバスツアーでアグラを回ったそうだ。
それもいいかも。ということで、両替はやめて初のツーリストバスで観光する。


「ツーリストバス」
タタ製のバスで移動。
タタとHMT(ヒンドスタン・マシンツールズカンパニー)がインドブランドではお気に入り。



最初、ファーテーブル・スィークリーに行く。
ここは、前に友達になった中国人の女の子が絶対いいと言っていたので楽しみにしていた所だ。パンチマハルからの眺めはなかなかだった。中央の庭にある巨大な線画は何か思っていたら、王様が女60人を使って人間チェスをやっていたボードだという。
ムチャすんなあ。

次に噂のタージマハルにいった。
やっぱスゴイわ。
世界一の墓を作ってくれといったお妃もたいしたタマだが、作った王様は上をいくね。
タージマハルの城壁の下にはなぜか蛇遣いがいた。


「タージマハル」
かっちょいい。こりゃあ見てよかったよ。
しかし、裏手の壁面に超デカイ蜂の巣ができてて、危険だった。
ほっといてあったが、いいのかな。



ここまできてさすがに疲れた。いつもマイペースだったからなあ。
次にアグラ城へ。建築物はどれもこれもスゴク手がこんでいて素晴らしいんだけど、だんだん、見飽きてきた。食傷気味。
最後にやっぱり土産屋につれていかれる。なにも買わないのは俺くらいだ。
やっとバスが出発した。土産屋にいた時間が一番長かったんじゃないか?

今日は観光を1日でまとめたせいか、ちょっとハードだった。腹の調子も相変わらず良くない。明日は両替をしたらプラプラしよう。

<朝食>
●オムレツ、チャイ 12.5RS
<昼飯>
●ベジタブル・コーフター、ラッシー、ナン 20RS
<晩飯>
●バナナ(×3)、チャイ、ミネラルウォーター 10RS

・ バス代 50RS
・電池  20RS
・ドミトリー 75RS






2月25日(火) アグラ〜バラナシ


今日は朝10:00に銀行へ行って両替をする。しかし、リクシャとの交渉は難しい。10RSから絶対にまけない。5・6人にあたったがダメだった。そのうちの一人は「銀行は11:00からしか開かないので、両替できるところへつれてってやる。」と言う。
ウソだとは思ったが無駄足もイヤなので、ツーリストインフォメーションに行って確かめると、やっぱり10:00から営業しているとのこと。そこまでしてブラックマーケットにつれていきたいのだろうか。
結局7RSまで値切って銀行へ。
アグラの街はやっぱりガラが悪い。
商売人が多いこともあるだろうが、観光客とみると必ずフッかけてくる。
あんまり街の写真も撮っていない。

インドに来る前は、同じアジア系の容姿に現地の服を着ていれば、そう声はかけられないと思っていた。しかし、ジャパンブランドは相当なもので、西洋人と一緒に歩いていてもこっちに最初に声がかかる。
やっぱり現地人にはわかるんだねえ。でも、クルターとパジャマーを着ていると1/10位、声がかかることが少なくなるのは確か。

<昼食>
●ベジタブル・ターリー、チャイ 12RS
・リクシャ 7RS
<晩飯>
●ターリー 10RS




「アグラの子供」
疲れきっているときにこの笑顔に出会うと心が洗われる。
もちろん、もっとしんどそうな子供は沢山いるが。





2月26日(水) バラナシ


今日の一日は非常に長く感じた。
昨日の夜、駅で晩飯を食べてから、リタイアニング・ルームへ帰る途中、リザベーションチャートの下に日本人が一人座っていたので声をかけると、同じ列車を予約していた人だった。そこで少し話し込んでいると、もう一人同じ列車に乗る日本人がいたので、3人でバラナシまで行くことにした。
時間が迫ってきたので、部屋に戻り荷物をまとめていると、また停電。
こういうときはホント困る。インドには非常灯なんてないのでマックラになってしまうのだ。
そのかわり星はすごく綺麗だけど。

まあ、そんなことでバタバタしながらも、予約の確認をしようとチャートを見るが、またしても俺の名前がない。35番には別の名前が書いてある。ジャイプールでは痛い目にあっているので、日付を確認する。今度こそ間違っていない自信があるので、リザベーション・オフィスに行く。

旅行代理店に頼んだのが裏目に出たか?

結局、係の人に確認してもらうと38番に自分の名前があった。フ〜。なんとかなりそうだ。


「謎の列車」
なんだ?なんだ?
どこがどーなって、こんなものが作られるのだろう。いいセンスしてるよ。ほんと。




10:45に列車がついたので、早速乗り込む。スリーパーは初めてなのでドキドキする。
3段式の一番上だった。38番の席は家族連れで、お父さんだけ別のところの席だったので、6番の席と替わってあげた。俺も少しは慣れてきたなあ。
一緒のボックスには軍人さんがいて、いろいろな話を聞くことができた。が、さすがに写真を撮るわけにもいかず、これは残念だった。

2等寝台は思ったより楽だったので、結構気持ち良く眠れた。この列車は一応特急なんだけれども、やっぱりインドの特急はゆっくりで、PM2:00にバラナシ到着予定が、大幅に遅れてPM4:45着。
今日この列車に18時間も乗っていたことになる。
バラナシカント駅からとりあえずリクシャでゴードウリヤー・ダシャーシュワメードガートに向かう。以前友人から聞いたガンガーゲストハウスに泊まるつもりだったが、ドミしか空いてないというので、保留とし、他もあたることにする。
18時間の長旅と暑さで、頭がクラクラする。今日は早く休みたかった。
ガート沿いを延々と歩くが、この時間どこのホテルも満室が多い。結局さっきのドミにしようかと迷っていた所に、日本人の女の子が声をかけてくれた。
思わず、ホテルを紹介してもらって彼女の後をついていく。荷物が重い。肩が痛い。
もう5kmは歩いているもんな。ホテルはエンパイア・ホテルといってインド人ばっかりが泊まっていた。
今日は鈴木君と2人でダブルを借りることにした。
なんとかバラナシまでたどりついたゾ。やっと一段落した感じだ。
それにしても、名前もきかなかったが、彼女に感謝。ほんとに助かった。

<昼食>
●コロッケ、パン 6RS
・リクシャ    5RS
<晩飯>
●サモサ、バナナ   5RS
●ミネラルウォーター 10RS
・ビタミン剤     8RS
・部屋代       30RS





2月27日(木) バラナシ


今日は鈴木君が朝からガートを見に行くというのにゆっくり寝ていた。明日は早く起きて日の出を見に行こうと思う。

昼飯を食べてからこれといってすることもないので、ゴールデン・テンプルに行く。この寺院はヴィシュワナート寺院ともいい、「世界の主」という意味らしい。
バラナシは路地が入り組んでいてほとんど迷路のようだ。道幅は3m位しかない。その路地の両脇にギッシリ店がならんでいる。さすがにヒンズー教の聖地だけあって、神様グッズが多い。ゴールデン・テンプルはヒンズー教徒以外は入ることができないので、外から眺める。


「バラナシの街」
なんともいいようのない、ひそやかな熱気に覆われている場所だ。
だんだん高揚してくる自分がわかる。



まあ、いずれにしても神聖な場所へヒョコヒョコ外人が入るようなことはしたくないのでいいことだとは思う。
この参道には様々な神様が奉られている。ガートよりもこっちのほうがインド人も真剣にお祈りしているように見えた。

路地を抜けてガンガーへ。
うーん。これがガンジス河かあ。
一日いたが、ガンガーはやっぱり、朝・昼・夜でずいぶん違う。朝は生活の顔。昼は商売の顔。夜は祈りの顔。
ガンガーに出ると、流れてくるゴミが その3つの顔をよく表している。
当然のように人も花も鍋も一緒になって流れてくる。マニカルニカガートの炎を見ながらインド人の死生観をもっと知りたいと思った。


「ガート」
ガンガーはインド人の生活そのものなんだろうなと思った。
なにか意味をもたせようとするのは、ほんと旅行者の癖だよ。きっと。



サールナートへ行く。ブッダが初めて説法した場所で、仏教徒の聖地でもある。
とても静かな村だった。インドに来てからこんな静かな場所へ来たのは初めてだ。ダメーク・ストゥーパは一部破壊されてはいたが、6世紀に作られたなんて信じられないくらいに素晴らしく美しかった。シンプルな形だが、それだけに象徴としての意味の重さに感動さえ感じた。

サールナートでゆっくりしてから博物館へ。 カールナートの出土品が収めてあるのだが、インドの国章であるライオンの像はよかった。リクシャでゴードウリヤーに帰って来て、特にすることもなかったので、日本の家にTELすることにした。
一分間67RS。弟がでたが、彼はバラナシからかけていることを理解しているだろうか。

夕方、再びガートに行ってボートに乗る。ボート漕ぎのジイさまは、ラージ・バハドゥール・シンさん。この道50年といった感じで、舟唄を唄いながら櫓を漕ぐ。
残念ながら英語は話せないようだったが、とても気のいい人で、ボートを漕がせてくれた。




明日は早朝にガートに来てみよう。

<昼食>
●ベジタブル・チョウメン、ペプシ 20.5RS
・ラッシー  5RS
・お腹の薬  8RS
・電話代   67RS
・リクシャ代 21RS
・チャイ   2RS
<晩飯>
●ベジタブル・ビリヤーニ、ペプシ 20RS
・お菓子(いろいろ) 16RS
・ガンガーの船 15RS
・部屋代 30RS





2月28日(金) バラナシ


今日は朝5:30に起きてガートへ向かう。日の出前だというのに、もうガートは混んでいた。ボートに乗ってガンガー上で太陽が昇るのを待つ。街の形が次第にはっきりしてくる。

あまりにもあっけなく太陽は昇る。
日が昇り、日が沈むだけ。そんな繰り返しの断片を思い出に持ち帰り、沐浴に感動を求めているのは俺たちだけじゃないか。ふと、そんなことを思う。
それは、貸し切られたボートの数を見ればわかる。そんなボートに自分も乗っている。この気持ちにどう折り合いをつけていけばいいのだろうか。


「ガンジスの夜明け」
美しいものは、ただ存在自体が美しい。




それにしても明るいときにボートに乗ると、漂流物がいやでも目に入る。
当事者の事情はさておき、ここでは、全てがあっけなく生まれ、あっけなく死んでいくように感じる。それは動物だろうが人間だろうが同じだ。
日本では「死」はクローズドなものであり、そういう価値観を植え付けられてきた。その点、インドでは全くちがった「死」への価値観を肌で感じさせられた。
日本もインドも素晴らしい国だとは思うが、たまたま日本で生まれ育った常識という見えない壁を、こんなに意識したことはなかった。
もちろん、5日という時間ではエラそうなこと言えないし、何がわかったということもないが、明らかに彼らの世界をうらやましく思ったのは事実だ。


夕方、友達の2人がムガール・サライ、ダージリンへと出発するのを見送りに行く。いつも送ってばっかりだなあ。ついでにガヤー行の切符を予約する。これがまた、うまく列車の空きがなくて、ガヤーになんとAM2:10着というとんでもない列車になってしまった。

また、苦労のモトを自分から作り出すハメになった。
ホテルに戻って、 ホテルの屋上で洗濯をした。それでもたまった洗濯物の半分だけだけど。でもこれで日本まで持ちそうだ。
明日は最後のバラナシだ。

<朝飯>
●トマトチーズトースト、チャイ 20RS
・ボート代 20RS
<昼飯>
●エッグ・チョウメン、フルーツケーキ、オレンジソーダ 27RS
・チャイ  2RS
・ラッシー 5RS
・リクシャ 22RS
・列車代  67RS
<晩飯>
●エッグ・ヌードル、ペプシ 17.5RS
・お菓子  4RS





2月29日(土) バラナシ〜ガヤー


今日は朝からお腹の調子が良くない。薬局で買った薬を飲んだが、 かえって悪くなったような気がする。ちゃんと英語が通じなかったのかも。
インドの薬をやめて日本の薬にする。今夜の夜行列車、大丈夫かなあ。
まあ、食欲があるうちは大丈夫でしょ。きっと。


「バラナシのラッシー屋」
ここのラッシーは筆舌に尽くしがたい美味さ。
はっきりいって、衛生面はあまり良いとは言えない店だが、そんなセコイことは忘れてしまう位、絶品。
ハライタの原因の半分位はここにありそうなもんだったが、やめられなかった。




と、思ったが、やっぱりお腹の調子がよくない。
ガヤーにはロクな病院や薬局がないと思うので、バラナシの病院を探す。しかし時間が遅くて閉まっていた。そこいらの小さな薬局で話を聞いてもらう。今度の薬は効くのだろうか?
はやく回復したい。

<朝飯>
●ハニー・パンケーキ、コーヒー 16RS
<昼飯>
●ベジタブル・スプリングロール、ヨーグルト 16RS
<晩飯>
●トマトチーズオムレツ、ヨーグルト 18.5RS
・薬代     21RS
・宿代(2泊) 70RS





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