「オレもこれから帰るとこだし、どうだ、よかったら
一緒に帰ろうぜ?」
 オレが誘うと、
「あ、はいっ、喜んで!」
 マルチは快く承諾した。


 校舎を出たところで、マルチが言ってきた。
「あの、鞄、お持ちします」
「え? いいよ、べつに。んなことしなくても」
 オレが素気なく断ると、マルチはちょっぴり困った
顔をした。
「…でも、なにか、お役に立つことがしたいです」
「まあまあ、その好意は嬉しいけどさ、ロボットでも、
マルチは女のコだろ? 鞄を持たせるのはちょっとなぁ
〜」
「……」
「それに、おなじ生徒同士がこんなことするのって、
なんか違うだろ?」

「…ですけど、わたし、もともと、お手伝いするため
に造られたロボットですし、とくに浩之さんにはご恩
もありますから、なにかつまらないことででも、お役
に立ちたいです」
「その気持ちだけで十分だって」
 なでり、なでり。
 オレはマルチの頭を撫でた。
「…あっヾ
 すると、マルチは、ぽっと頬を赤く染めた。


 マルチと一緒に、暑いくらいの陽気に包まれた坂道
を歩く。
 ふと横を見ると、マルチはオレの歩調に合わせよう
と、一生懸命ついてきている。
 苦笑して、ゆっくり歩こうと思った矢先――。
「あっ!」
 カツンと、マルチはつまづいた。
「おっと!」
 がしっ。
 オレは咄嗟に腕を伸ばし、転びそうなマルチを受け
止めた。

「いったい、どこにつまづく要素があるんだよ?」
「すっ、すみませんっ。わっ、わたしったら、ホント
にドジで…」
「…ったく、怪我でもしたらどーすんだ?」
「そ、それは大丈夫です。…わたし、こう見えても、
丈夫にできてますからっ」
「…ははは、そんな問題かよ」
「心配していただいて、ありがとうございます」

「とにかく、今後は気を付けるんだぞ」
「…は、はい、わかりまし――あっ!」
「お、おいっ!」
 がしっ。
 オレは素早く腕を伸ばし、再びつまづいて転びそう
になったマルチを受け止めた。
「おいおい、しっかりしてくれよ〜」
「すっ、すみませんっ。今いわれたばっかりなのに、
わたしったら〜っ!」
「…ま、まあまあ、今日はそういう日なんだろ?」
「…ううっ、どうしてわたしは…、わたしは…」

「そう深刻に考えんなよ。2回とも転ばなくてすんだ
んだしさ」
「はい…」
「さ、もう行こうぜ」
「はい…」
 マルチはうなずくと、気を取り直して歩き出した。
 しかし、ホントにとろいヤツだな。
 この分じゃ、もう1回くらいは…。

「――あっ!」
 きたか!
 ぐいっ!
「えっ!?」
 オレはマルチがよろめくより早く、両腕でしっかり
と抱きとめた。
「…ふう」
「…あ、あのっ」
「大丈夫だったか、マルチ?」
「…え、あっ、はい?」
 マルチはオレの腕の中で、目をパチパチする。
「…あ、あの、いったいどうしたんですか? 突然、
こんな…」

「だって今、またコケそうになっただろ?」
「えっ? い、いいえ、べつに…」
「だって、さっき、『――あっ』って…」
「…さっきの『あっ』は、ホラ、あそこに、猫さんが
いたからですよー」
「ネ、ネコ?」
「はい」
 オレが見ると、ネコは目があった瞬間、すたたっと
逃げていった。
「なんだよ、まぎらわしいなぁ」
「すっ、すみません…」

 オレたちは、また道を歩き始めた。
 しばらくして、オレは、
「…なあ、マルチ、今度暇なときでも、どっか遊びに
行かねーか?」
 などと、景気よく誘ってみた。
 すると、マルチは、
「…ひ、浩之さん。…嬉しいですっ! とっても、とっ
ても嬉しいですっ!」
 感動したのか、ちょっと大袈裟なほど喜んだ。

「でも…」
 と、次の瞬間、マルチは口ごもった。
「…でも?」
「…わたし、もう、明日までしか、学校にいられない
んです」
「えっ! そ、そうなのか!?」
「…はい、もともと、8日間だけのテスト通学でした
から」
 そう言って、マルチは肩を落とした。

 思わずオレはこう言った。

 A、寂しくなるな…。
 B、なんとかならねーのか?
 C、…そうか、残念だな。