ときめきメモリアルショートストーリー

いつかきっと・・


第四話『留さんの告白』の巻

 あたし、朝日奈夕子。ひょんなことから出会った留さんって人とあたしは遊
園地に出かけた。その時、あたしの憧れのあの人がゆかりと一緒に歩いている
のを見掛けちゃって大ショック!! 留さんはなぐさめてくれたんだけど、そ
こから留さんの昔の彼女さんの話になっちゃって・・。

                 *

「ちょ、ちょっと留さん、こ、殺したって・・。」
 あたしは思わず後ずさりしようとしてしまった。観覧車の中だからあんまり
後ずさりも出来なかったんだけど、あんまりびっくりしちゃったもんでそれ以
上言葉が続かなかった。あたしの様子を見て留さんは苦笑しながら言った。
「いや、そんなに脅えなくていいさ。殺したと言っても俺が直接殺した訳じゃ
ない。俺のせいであいつは死んじまったって意味だ。」
「留さんのせいで……。」
「ああ、あの日……。」
と、言って留さんは言葉を切った。留さんの表情が翳った。何か辛い思い出を
心の中でこねくり回しているようなそんな雰囲気……。唯、留さんにとっては
そのことが凄く心に重くのしかかってるんだろうなってことだけは想像出来た。
「あ、あの、留さん、無理して言わなくてもいいよ。辛いことなんだったら…
…。」
「辛いというより、俺は自分の馬鹿さ加減に愛想をつかしちまってんだよ。俺
にはあいつが何よりも大切だったのに……。」
 苦渋に満ちた表情って今の留さんみたいな表情のことを言うんだろうね。額
に皺を寄せてなんだか顔色も悪くなっちゃったみたい。
「あ、もしかして花火をやめちゃったのもその人のことが原因なの?」
「ああ、そうとも言えるが……。」
「どんな人だったの?」
「ん? 優しい奴だったよ。少し思い詰めるようなところもあったが、誰より
も俺のことを思ってくれた。俺にとってはかけがえのない人だった。」
 そう言って留さんは昔のことを話し始めた。

「俺の親父はちったあ名の知れた花火師なんだ。それで俺は子供の頃からずっ
と花火に囲まれて育った。祭りやイベントで花火大会のある時なんかは、“あ
の花火は俺の親父が作ったんだ”って友達に自慢したもんさ。」
「ふうん、お父さんが……。」
「ああ、そうさ。そんな訳でいつか俺も大きくなったら親父のような立派な花
火師になるんだって、自然にそう思うようになっていた。中学、高校に通って
た頃から親父の仕事を手伝って花火を作ってたもんだ。あの頃は楽しかったよ。
高校の頃には仲間と一緒に花火同好会を作って文化祭の時なんかには手作りの
花火を打ち上げたりもしてたな。あいつとはな、高校の時に知り合ったんだ。
あいつは俺とは違って優等生だったんだが、文化祭の時に打ち上げた花火を見
て感動した、とか言って花火同好会に入部してきた。それがきっかけで付き合
うようになったんだ。高校を卒業してから俺は親父のもとで本格的に花火師を
目指して修行を始めた。あいつは短大に進学したんだが、暇さえあればいつも
俺に会いに来てくれて、俺が壁にぶつかった時なんかはいつも俺を励ましてく
れて、俺の心の支えになってくれていた。で、二十歳を過ぎてあいつが短大を
卒業すると真剣に結婚を考えるようになったんだ。」

 そこまで話して留さんはちょっと言葉を切った。暫く何か考え込むような様
子だったんだけど、やがてつづきを話し始めた。
「だがな、あいつの親は俺とのことを反対していたんだ。」
「えっ、どうして?」
「実はな。俺、高校時代は番長だったんだよ。」
「ば、番長??」
「ああ、子供の頃から喧嘩だけは強くてな。」
 う〜ん、なるほど。それで留さんあんなに喧嘩が強かったんだね。古式のチ
ンピラ二人をやっつけた御手並みは見事だったもん。
「花火師連中ってのも、結構気の荒いプライドの高い奴が多くてな。仲間と議
論の末、喧嘩沙汰なんてもしょっちゅうだった。で、高校時代も卒業してから
も花火と喧嘩に明け暮れてたって訳さ。あいつは俺が喧嘩で怪我なんかすると
いつも泣きそうな顔をして飛んできて手当をしてくれたっけ・・。」
 留さんの顔つきが幾分優しい表情になる。彼女さんと過ごしたまだ幸せだっ
た日々を思い起こしているんだろうか……。でもそんな表情もほんの一刻だっ
た。
「しかしあいつは普通のお嬢さんだったし、あいつの親もこんなヤクザな男と
は結婚させたくない、と思うのは当然だわな。」
「そ、そうかもね。」
 あたしは曖昧に相槌を打った。それを気に留める風もなく留さんは話を続け
た。
「それである日、俺がそのことで悩んでることを知って親父があいつの親父の
ところに直談判に行ったんだ。だが、それが悪かった。親父は気が短くて血の
気の多い性格でな、あいつの親父と大喧嘩になっちまったらしい……。それで
最初は俺とあいつの結婚を認めてくれるように談判に言った筈が、帰ってくる
とあんな奴と親戚になるのは絶対いやだ、なんて言い出して俺の結婚に反対す
るようになっちまってた。」
 ちょっとぉ・・、留さんの親父さんって・・・。(^^;

「で、二進も三進も行かなくなっちまった。親父は一筋縄ではいかない頑固者
だ。こうと決めたら後に引くような男じゃねえ。でも俺はどうしてもあいつと
一緒になりたかった。それで親父と大喧嘩をやらかして家を飛び出しちまった
んだ。つまり俺はあいつといわば駆け落ちって奴をやった訳だ。家も捨てて花
火も捨てて、唯あいつと一緒にいたい一心で手に手をとってこの街にやってき
た。俺があいつに駆け落ちしようと言った時、あいつは俺を止めようとしたよ。
家も花火も捨ててしまったら絶対後悔するってな。だがその時の俺はあいつの
事しか頭になかった。結局、あいつは俺の決心が固いのを知ってついてきてく
れた。」

「そうして新しい生活が始まった。でもな結局うまくいかなかったんだ。あい
つの言った通りだったんだよ。あいつと花火を秤にかけてあいつを選んだ俺だ
が、花火を無くした俺は唯の腑抜けに過ぎなかった。俺にとってあいつと花火
とどちらが大切か、なんてことありえなかったんだ。両方大切で捨てることな
んか出来ないものだった。何度か仕事についたが長続きせず、やがて酒をあお
っては喧嘩ばかりしてるろくでなしになっちまった。そんな俺を見てあいつは
いつも悲しそうな顔をしていたよ。自分のせいで俺がこんな風になっちまった
んだと思い詰めて、ずっとそのことを気に病んでいたらしい。何度か家に戻っ
てもう一度花火作りをやってみてはと、それとなく切り出されたこともあった。
だが、俺はあいつを捨てることは出来なかった。俺は親父に反発して意地にな
ってたし、何よりもあいつと一緒にいたかったんだ。」

「あの日……、俺は些細なことであいつと喧嘩しちまったんだ。あいつは俺に
家に戻れと言った。だが俺は今更帰れるもんか、と突っぱねた。俺自身もその
頃はいつもいらいらしていたんだ。あいつを幸せにしてやりたいと思っている
筈なのに、それが出来ない自分がもどかしくてな。それでついあいつに向かっ
て手を上げちまった。あいつは一瞬とても悲しそうな目を俺に向けたかと思う
と、思い詰めたような顔をして部屋を飛び出した。それきりあいつは帰って来
なかった。俺は酒を煽って寝ちまった。あいつが事故に遭ったって報せが届い
たのは次の朝だったよ。」

「実際に唯の事故だったのか、それともあいつが自分から……、それは判らね
ぇ。判らねぇが、唯、俺がもっとあいつの気持ちを判ってやっていれば、あい
つは死なずに済んだんだ。あいつがいなくなって、あいつが俺にとってどんな
に大切な人だったか……、思い知らされた気がしたよ。なんでもっと優しくし
てやれなかったのか……、なんでもっとあいつの気持ちを判ってやれなかった
のか……、あとから後悔しても後の祭りって訳だ。あれからもう五年以上経つ
が今でもあの時のあいつの悲しそうな顔が頭の中にこびりついて離れないんだ。
俺なんかについて来なけりゃこんなことにはならなかったのに……。俺がもっ
としっかりしていれば、死なずに済んだかも知れないのに……。俺が殺したの
も同然だよ。いつも俺のことを気遣ってくれて、心の底から愛してくれていた。
なんでもっと優しくしてやれなかったんだろう……。俺はてめえの馬鹿のおか
げで夢も一番大切な人もみんな無くしちまったのさ。無くしちまってそれが自
分にとってどんなに大事なものだったか、やっと気付いたなんて間抜けな話だ
よな。」

 留さんがそこまで話した時、一瞬、観覧車がガタガタと揺れたかと思うとゆ
っくりと動き出した。どうやら復旧したらしい。
「あ、動き出したね。」
と、あたしが言うと、
「ああ、そのようだな。」
と、留さんも答えた。それだけ言って留さんもあたしも暫く無言のまま向かい
合って座っていた。
 心の中で色々と思考が回る。
 留さん、本当にその人のことが好きだったんだね。だからいつまで経っても、
その人のことが心に重くのしかかってるんだよね。
 それともう一つとっても確かなことがあるよ。留さんの彼女さんも留さんの
ことが大好きだったってこと。そして留さんの作る花火も……。今の留さんを
天国から見ててきっとその人はとても悲しんでる……。

「すまねぇな、こんな話聞かせちまって。俺もどうかしてるぜ。こんな話今ま
で誰にも話したことなかったのによ。なんか暗くなっちまって勘弁な。」
「ううん、あたしこそ……。元はと言えばあたしのことが原因で湿っぽくなっ
ちゃったんだから。」
「それはそうかもしれねぇが……。でも本当はあんたのことを励ましてやりた
いと思ってた筈だったんだが……。なんでこんな話になっちまったのか訳がわ
からんよ。」
 留さんの口調はなんだか自分で自分に呆れてるみたいだった。

 観覧車を降りるとあたしはわざと明るい声を出して留さんに言った。

「留さん、次はジェットコースターに乗ろうよ!! それにゴーストハウスに
ウォータースライダーにメリーゴーランドに・・、それからえっと・・。」
「おいおい、どうしたんだ、いきなり明るくなっちまって……。」
「あたし湿っぽいのは嫌いなのよ。って、湿っぽくなっちゃったのはそもそも
あたしが原因だったんだけど……。だから……、そういうのをぱあ〜っと吹き
飛ばしちゃいたいんだ。今日はもう悲しい事はみんな忘れて思いっきり遊ぶこ
とにしようよ。
「そうだな、それもいいかもな。」
 留さんは少し目を細めてそう言った。
「そうそう、今日だけはあたしは留さんの彼女なんだし、留さんだってあたし
の彼氏なんだからね。」

                 *

 それから留さんとあたしは遊びまわった。ジェットコースター、ゴーストハ
ウス、メリーゴーランド、その他色々・・。いくつ乗り物に乗ったかも覚えて
ないくらい……。あたしもあの人のことで悲しい気持ちになってたんだけど、
留さんの話を聞いて、自分のことよりも留さんを元気付けてあげたいって気持
ちになっちゃったんだ。あたしは思いっきりはしゃぎ回ったし、留さんもそれ
に合わせてくれた。
 でもそれでもやっぱりふと心の中に隙間風が通り過ぎる瞬間があるんだよね。
勿論、楽しいって気持ちはあるんだけど、それは心の表面だけで、なんだか心
の底の方ではしくしくと淋しい気持ちが疼いているような……。
 悲しい事を忘れたくてわざと明るく振る舞ってみてもそれで心が満たされる
訳じゃないんだ。留さんもきっと同じ気持ちだったんだと思う。それでも……、
例え心が完全に満たされることはなくても少しだけでも留さんの、そしてあた
しの心の隙間を埋めることは出来れば……、その時のあたしにはそれが精一杯
だった。

 いつしか夕暮れが近づいていた。日は傾きあちこちの照明灯が点灯し始めた。
「そろそろ帰るか。」
 留さんが言った。あたしは夕焼けを見つめながら、なんだかちょっぴり切な
い気持ちになっていた。もう少し留さんと一緒にいたかった。
「もうちょっといいじゃない。」
「でももう閉園時間が近づいてるぜ。」
「そうね。八月になったら夜も開園していて、ナイトパレードなんかもあるん
だけどね。」
「ふうん、ナイトパレードか。」
「そう。あたし子供の頃から大好きだったんだ。毎年、夏休みになるとパパや
ママにねだったり、友達を誘ってナイトパレードを見に来たんだ。好きな人と
一緒に見に来るのが夢だったんだけど……。」
と、そこであたしは言葉を切った。好きな人・・・。でもあの人の心はあたし
の上にはないんだ・・。それが判ってるからちょっぴり切ない気分になって、
忘れたフリをしていた悲しい気持ちがまた舞い戻ってきた。

「おい、もしかしてまた思い出しちまったんじゃ・・。」
 ブルーな気分が少し顔に出ちゃったみたいで留さんが心配そうな顔で言う。
あたしはわざと明るい顔を作って留さんに言った。
「大丈夫。さっきは悲しくて我をわすれちゃったけど、こう見えてもあたし結
構立ち直りは早いんだから。心配しないで。」
「そうか、ならいいけどよ。」
「あたしより留さんこそいつまでも昔のことにこだわってたら勿体ないよ。」
「そうだな。」
「そうだよ。」

「どっちにしてももう遅いぜ。そろそろ帰った方がいいんじゃねえか。」
「別に構わないわよ。そうだ、留さん、一緒に晩御飯食べに行こうよ。」
「俺は構わないが……、でもあんまり遅くなったらあんたの親が心配するだろ?」
「平気平気。心配なんてする親じゃないわよ。」
「しかし……。」
「どうせ帰っても家には誰もいないんだから。うちの親は忙しい人たちでね。
あたしは小さい頃から、いつも学校から帰ってきても一人きりだったの。今日
だって、帰ってもコンビニのお弁当でも買って一人で食べるしかないんだから。
どうせなら誰かと一緒に御飯食べる方がおいしいじゃない。」

 そう、パパもママもあたしのことなんか気にしちゃいない。兄貴や姉貴は優
等生で学校の成績もよくて、パパやママにもかわいがられて育ったんだけど、
あたしだけ何故か家族の中で一人だけ、突然変異みたいに落ちこぼれなんだよ
ね。いつも兄貴や姉貴に比べられてあたしは出来損ない扱いされていた……。
パパもママもあたしを見る目はいつも冷たかった。家にも学校にもあたしの場
所なんてないんだ……。

「留さんだって、一人暮らしなんでしょ? もしかしてカップラーメンが主食
だったりしないの?」
「ははは、実はその通りだったりするんだが……。」
「それじゃ、体に悪いよ。それに今日を逃したらあたしみたいな美少女と一緒
に御飯食べれる機会なんてもう一生来ないかもしれないよ。」
「誰が美少女なんだよ。」
「あれっ、留さんって目が悪かったの?」
「よく言うよ。でも、まあ、そういうことなら、メシ、行くか。」
「うん、そうしよ。あたしおなか減っちゃった。」

 留さんが連れて行ってくれたのは“おしゃれ”なんてことばとは程遠い、陽
気なおばさんがきりもりしている古ぼけた小さな食堂だった。
 留さんとあたしが入っていくとおばさんは、
「あら、いらっしゃい。今日はかわいい子を連れてんだね。」
なんて言って迎えてくれた。どうやら留さんはこの店によくくるらしく、おば
さんとも顔馴染のようだった。
 おふくろの味なんて言い方はなんか古臭いけど、その店の食事はとっても暖
かみに満ちていておいしかった。うちのママは仕事が忙しくて手料理なんて殆
ど作ってくれたことがないんだよね。いつも冷凍食品とかスーパーで買ってき
た惣菜、コンビニのお弁当などなど、そんなものばかり食べてたから、なんだ
かあたしにはとっても新鮮だった。
 そういうと留さんはあれも食え、これも食えと無闇矢鱈といろんなものを勧
めてくれた。ま、おいしかったからいいんだけど、こんなに食べたらまたダイ
エットに精を出さなくちゃいけないなぁ、とかって考えがちらっと頭をかすめ
た。ま、んなことは気にしないことにしよう。留さんはちょっぴりお酒を飲ん
だ。

 ごはんを食べた後もあたしたちは陽気にはしゃぎながら、夜の街をかっぽし
ていた。なんか心に傷を負った者同士がお互いに傷を舐め合いながらの空騒ぎ
って感じで、ちょっとみっともないかな、という気持ちも少し頭を掠めたんだ
けど、でもその時はそれが心地好かった。

                 *

「おいっ!!」
 そんなあたしたちに誰かが声を掛けてきた。見るとずらりと柄の悪い男たち
があたしたちの前にが立ちはだかっている。
「なんだよ、おまえら。」
 留さんが問い質す。その中に昼間あたしに因縁をつけてきた、チンピラAと
Bの姿があるのにあたしは気付いた。
「留さん、こいつら古式のチンピラたちだよ。きっと昼間の仕返しに来たんだ
……。」
 あたしは留さんの後ろに隠れるようにして言った。
「そうさ、昼間はよくもやってくれたな。だが今度はああは行かねえぜ。」
 チンピラAがニヤリと笑って言う。
「何言ってんのよ、昼間はあっと言う間にやられちゃったくせにエラそうに…
…。」
 あたしが悪態をつくとチンピラAは、「なにぃ、このアマァ。」とかいいな
がらあたしに飛び掛かってきそうになった。それを兄貴分らしい男が制した。
そして留さんの方を見ながら言った。
「まあ待て。ふうん、こいつか。おまえらをあっという間にのしちまったって
奴は。おい、昼間はうちの若いもんを可愛がってくれたそうだな。おまえみた
いな奴を放っておいたらしめしがつかないんでな。ちょっと顔貸して貰うぜ。」

                           <つづく>


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